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美里町みさとまち

1920年には6の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の美里町になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の美里町

宮城県北部、大崎平野にある遠田郡の町で、鳴瀬川沿いの平坦な土地が広がります。江合川と鳴瀬川が町内を貫いて流れ、水利に恵まれます。町の面積の約70パーセントが水田や畑です。東北屈指のバラの産地で、イチゴ、北浦梨、大葉、京みずななども特産です。仙台市の農業法人が建てた、レタスを栽培する大型の植物工場もあります。

今の美里町の区域の人口は、2020年の国勢調査で23,994人です。今の区域で数えた1980年の28,152人とくらべると14.8%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.7%です。

23,994人人口(2020年)
−14.8%1980年からの増減
77.3km²面積(概算)
310人/km²人口密度
35.7%65歳以上の割合
28,8621980199020052020
15歳未満 11.0%15〜64歳 53.3%65歳以上 35.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:稲作とバラ・イチゴなどの園芸が盛んな農業の町です。

特産品・名産

  • バラ東北屈指の産地
  • イチゴ町の特産とされる果物
  • 北浦梨町の特産とされる梨

見どころ・祭り

  • 木間塚十王山公園樹齢750年余りと伝わる槻の木がある
  • 山前遺跡町内の遺跡
  • 山神社春と秋に例大祭が行われる神社

木はなみずき花ばら美里町の木・花

美里町のなりたち

美里町(みさとまち)は、宮城県大崎地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。中埣村・北浦村・不動堂村・敷玉村・小牛田町・南郷村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の美里町になりました。

今の名前「美里町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の南郷村が約41km²だったのに対し、今の美里町は約77km²と、およそ1.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は志田郡・遠田郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、志田郡は2006年(平成18年)3月31日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧北浦村の区域には北浦駅(陸羽東線)があります。旧小牛田町の区域には小牛田駅(石巻線)があります。

61920年の町村の数
2回合併・編入の回数
77km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「美里町」という名前

「美里」という町名の由来ははっきりしていません。2006年(平成18年)1月1日に、遠田郡の小牛田町と南郷町が合併して生まれた新しい名前です。2つの町は、はじめ涌谷町を含む3町で市になる計画で、新しい市の名を郡名にちなんだ「遠田市」に決めていましたが、調印の直前に涌谷町が離れ、2町で合併して美里町となりました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、遠田郡に小牛田村・不動堂村・中埣村・北浦村・南郷村ができ、志田郡には敷玉村ができました。小牛田村は1907年(明治40年)に町制を施行して小牛田町に、不動堂村は1950年(昭和25年)4月1日に町制を施行して不動堂町になりました。

1954年(昭和29年)4月1日、小牛田町・不動堂町・中埣村・北浦村が合併し、新しい小牛田町が生まれました。同じ年の7月1日には南郷村が町制を施行して南郷町になり、8月には敷玉村のうち青生地区が小牛田町に加わりました。そのあと、南郷町の一部が鹿島台町に、小牛田町の一部が古川市に移っています。

2006年(平成18年)1月1日、小牛田町と南郷町が新設合併して美里町が発足しました。町は大崎平野にあり、江合川と鳴瀬川が町内を流れます。土地は平らで水に恵まれ、町の面積の約70%が田や畑です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、遠田郡に小牛田村・不動堂村・中埣村・北浦村・南郷村が、志田郡に敷玉村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1907年4月1日明治40年遠田郡小牛田村が町制を施行して小牛田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1950年4月1日昭和25年遠田郡不動堂村が町制を施行して不動堂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1954年4月1日昭和29年遠田郡の小牛田町・不動堂町・中埣村・北浦村が合併し、改めて小牛田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1954年7月1日昭和29年遠田郡南郷村が町制を施行して南郷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1954年8月1日昭和29年志田郡敷玉村の一部(青生)が小牛田町に編入され、残りは古川市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 1955年8月1日昭和30年遠田郡南郷町の一部(二郷の一部)が志田郡鹿島台町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  8. 1956年1月1日昭和31年遠田郡小牛田町の一部(桑針・鶴ヶ埣・深沼)が古川市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  9. 2006年1月1日平成18年遠田郡の小牛田町と南郷町が合併して美里町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.miyagi.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

美里町2006〜今
小牛田町1907〜2006同じ名前の駅:小牛田駅
敷玉村1889〜1954
中埣村1889〜1954
北浦村1889〜1954同じ名前の駅:北浦駅
不動堂村→不動堂町1889〜1954
南郷村→南郷町1889〜2006

参考にした資料