今の涌谷町
宮城県北東部、遠田郡にある町です。町のほぼ中央に箟岳山があり、周りは江合川や迫川などに沿った平野です。749年に日本で初めて金が産出した土地で、黄金山産金遺跡は国の史跡に指定されています。稲作が中心で、ほうれん草や小ネギの栽培も盛んです。町内には相野沼などの湖沼もあります。町の周囲は登米市・石巻市・大崎市・美里町に接しています。
今の涌谷町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,388人です。今の区域で数えた1980年の21,319人とくらべると27.8%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.7%です。
主な産業:稲作が中心で、ほうれん草・小ネギの栽培も盛んです。
特産品・名産
- ほうれん草・小ネギ国の指定産地になっている野菜
- 金のいぶき町の稲作で作られる玄米の品種
- 黄金レモン涌谷園芸ファームで栽培する独自品種
見どころ・祭り
- 黄金山神社(黄金山産金遺跡)日本初の産金地とされる国の史跡
- 天平ろまん館産金の歴史を伝える施設
- 箟峯寺(箟岳観音)坂上田村麻呂の建立と伝わる寺
- 涌谷城跡(城山公園)涌谷伊達氏の城跡の公園
木杉花さくら涌谷町の木・花
涌谷町のなりたち
涌谷町(わくやちょう)は、宮城県大崎地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。元涌谷村・篦岳村・涌谷町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の涌谷町になりました。
今の名前「涌谷町」は、1920年にあった涌谷町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の涌谷町が約16km²だったのに対し、今の涌谷町は約85km²と、およそ5.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は遠田郡に属していました。
「涌谷町」という名前
「涌谷」という名の由来ははっきりしていません。地名が歴史に現れるのは室町時代で、永享3年(1431年)ごろ、大崎氏の一族である涌谷氏が涌谷城に住んだと伝えられています。また、この地は749年(天平21年)に日本で初めて金が採れた土地として知られ、そのとき献上された金は東大寺の大仏に使われました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、遠田郡に3つの町村が生まれました。馬場谷地村が単独で町制をしいた涌谷町、涌谷村・小塚村・上郡村・下郡村が合わさった元涌谷村、そして6つの村が合わさった箟岳村です。
1948年(昭和23年)12月1日、涌谷町と元涌谷村が合併し、改めて涌谷町が発足しました。1955年(昭和30年)7月15日には箟岳村と合併して新しい涌谷町となり、今の町域になりました。
平成の合併では、南郷町・小牛田町と2005年(平成17年)に合併する予定でしたが、涌谷町は合併協議会から抜け、単独の町として残りました。南郷町と小牛田町は2006年に合併して美里町になっています。
町のほぼ中央には箟岳山がそびえ、その周りに江合川や迫川沿いの平野が広がります。江戸時代には涌谷伊達氏が治めた城下町で、涌谷城跡は城山公園になっています。749年に日本で初めて金が採れた地として知られ、黄金山産金遺跡は国の史跡です。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、遠田郡に涌谷町・元涌谷村・箟岳村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1948年12月1日昭和23年遠田郡の涌谷町と元涌谷村が合併し、改めて涌谷町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年7月15日昭和30年遠田郡の涌谷町と箟岳村が合併し、改めて涌谷町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。