今の大郷町
宮城県のほぼ中央にある黒川郡の町です。町の中央を吉田川が東西に流れ、川沿いに田畑が広がります。北は大松沢丘陵、南は松島丘陵にはさまれています。町おこしとしてモロヘイヤの栽培に力を入れ、慶長遣欧使節の支倉常長ゆかりの町として知られます。縄文時代の大松沢貝塚や古墳もあり、道の駅おおさともあります。
今の大郷町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,813人です。今の区域で数えた1980年の10,172人とくらべると23.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.6%です。
主な産業:稲作とモロヘイヤなどの野菜づくりが中心です。
特産品・名産
- モロヘイヤ町おこしで栽培に力を入れる野菜
- 大郷みそカレーベガルタ仙台などと共同開発したカレー
見どころ・祭り
- 支倉常長メモリアルパーク支倉常長ゆかりの公園
- 道の駅おおさと1993年に開業した道の駅
- 大窪城址公園町内の城跡の公園
- 諏訪古墳粕川にある5〜6世紀の古墳
- 大松沢貝塚縄文時代中期とみられる貝塚
木まつ花つつじ鳥かっこう大郷町の木・花・鳥
大郷町のなりたち
大郷町(おおさとちょう)は、宮城県仙台地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。大松沢村・粕川村・大谷村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の大郷町になりました。
今の名前「大郷町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の大谷村が約52km²だったのに対し、今の大郷町は約85km²と、およそ1.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は黒川郡に属していました。
「大郷町」という名前
「大郷」の由来ははっきりしていません。1954年(昭和29年)7月1日に、大谷村、粕川村、大松沢村の3村が合併して大郷村が発足しました。3村のいずれの名とも異なる、新しく付けられた村名です。1959年(昭和34年)4月1日に町制を施行し、大郷町になりました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、黒川郡に大谷村・粕川村・大松沢村が発足しました。大谷村は中村・鶉崎村・川内村など9つの村が、粕川村は粕川村と石原村が合わさってできた村で、大松沢村は単独で村となりました。
1954年(昭和29年)5月には、大谷村の山崎の一部が志田郡鹿島台町に移りました。同じ年の7月1日、大谷村・粕川村・大松沢村が合併して大郷村が発足し、1959年(昭和34年)4月に町制を施行して大郷町になりました。1978年(昭和53年)には町花・町木・町鳥が定められています。
1993年(平成5年)には道の駅おおさとが開業しました。町おこしとしてモロヘイヤの栽培に力を入れ、慶長遣欧使節を率いた支倉常長ゆかりの町としても知られています。町は宮城県のほぼ中央にあり、北側の大松沢丘陵と南側の松島丘陵にはさまれ、町の中央を吉田川が東西に流れて、川沿いに田畑が広がっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、黒川郡に大谷村・粕川村・大松沢村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1954年5月1日昭和29年黒川郡大谷村の一部(山崎の一部)が志田郡鹿島台町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1954年7月1日昭和29年黒川郡の大谷村・粕川村・大松沢村が合併して大郷村が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.miyagi-osato.lg.jp
- 1959年4月1日昭和34年黒川郡大郷村が町制を施行して大郷町となった。種類:町制施行 出典:www.town.miyagi-osato.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。