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色麻町しかまちょう

色麻町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の色麻町

宮城県北西部、加美郡にある農業の町です。西側は奥羽山脈の山岳地帯で、船形山がそびえます。東側は大崎平野にかかり、町内を鳴瀬川や河童川などが流れます。米づくりが中心で、転作作物としてえごまが育てられています。「河童のふるさと」をうたい、町内には河童のモニュメントがあります。南部には王城寺原演習場の一部があります。

今の色麻町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,698人です。今の区域で数えた1980年の8,865人とくらべると24.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.0%です。

6,698人人口(2020年)
−24.4%1980年からの増減
112.8km²面積(概算)
59人/km²人口密度
35.0%65歳以上の割合
8,8651980199020052020
15歳未満 11.7%15〜64歳 53.2%65歳以上 35.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米づくりを中心とした農業の町で、えごまも栽培しています。

特産品・名産

  • 米町の農業の中心となる作物
  • えごま転作作物として栽培されている

見どころ・祭り

  • 船形山町の西にそびえる奥羽山脈の山
  • おかっぱ様(磯良神社)河童の伝承にちなむ神社
  • 愛宕山町内の桜の名所
  • 色麻平沢温泉かっぱのゆ町の温泉施設

木さくら色麻町の木

色麻町のなりたち

色麻町(しかまちょう)は、宮城県大崎地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに色麻村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は加美郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
113km²今の面積

「色麻町」という名前

「色麻」は「しかま」と読む古い地名です。737年(天平9年)の『続日本紀』に「色麻柵」の名が見えます。715年には関東などから人々を移して黒川以北十郡が置かれ、色麻もその一つでした。語源ははっきりしていません。この古い地名が、現在の町名として受け継がれています。

まちの成り立ち

色麻町は、宮城県北西部の加美郡にあります。1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、色麻村が発足しました。その後は周りの町村と合わさることなく、単独の村として続きました。1978年(昭和53年)4月1日に町制を施行し、色麻町になりました。2003年(平成15年)4月1日には、加美郡の中新田町・小野田町・宮崎町が新設合併して加美町が生まれました。色麻町を加えた4町で加美市をつくる計画もありましたが、色麻町は直前に合併に加わらない姿勢を示し、単独の町として残りました。町の南部には、大和町や大衡村にまたがる王城寺原演習場があります。1881年(明治14年)から旧陸軍が使い、1945年(昭和20年)に米軍が接収し、1958年(昭和33年)に返還されました。町の地形は、西が奥羽山脈の山地で、東が大崎平野にかかります。町内には鳴瀬川や河童川などが流れています。町は「河童のふるさと」をうたっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、加美郡に色麻村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1978年4月1日昭和53年加美郡色麻村が町制を施行して色麻町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

色麻村→色麻町1889〜今

参考にした資料