今の二戸市
岩手県の内陸部の北端に位置する市です。奥羽山脈と北上山地の間にあり、県北の拠点都市です。旧二戸市域は中央を馬淵川が流れ、東に折爪岳があります。旧浄法寺町域は安比川に沿って交通が発展しました。市域の7割ほどを山林原野が占めます。浄法寺漆の産地で、国の史跡の九戸城跡があります。金田一温泉などの温泉地もあります。
今の二戸市の区域の人口は、2020年の国勢調査で25,513人です。今の区域で数えた1980年の37,537人とくらべると32.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.5%です。
主な産業:農業が中心で、浄法寺を中心にウルシの栽培と漆の生産が行われています。
特産品・名産
- 浄法寺漆国内屈指の漆の産地
- 浄法寺塗浄法寺の漆器
- いわて短角和牛市の特産品として紹介される
見どころ・祭り
- 九戸城跡国の史跡
- 金田一温泉国民保養温泉地
- 折爪馬仙峡県立自然公園市内の自然公園
- 滴生舎浄法寺塗の生産販売所
木うるし花やまざくら鳥きじ二戸市の木・花・鳥
二戸市のなりたち
二戸市(にのへし)は、岩手県県北の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。爾薩台村・斗米村・石切所村・御返地村・金田一村・福岡町・浄法寺村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の二戸市になりました。
今の名前「二戸市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の浄法寺村が約190km²だったのに対し、今の二戸市は約445km²と、およそ2.3倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は二戸郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧斗米村の区域には斗米駅(アイジーアールいわて銀河鉄道 いわて銀河鉄道線)があります。旧金田一村の区域には金田一温泉駅(アイジーアールいわて銀河鉄道 いわて銀河鉄道線)があります。
「二戸市」という名前
二戸という名は、中世の糠部郡に置かれた一戸から九戸までの「戸」の一つに由来します。「戸」は馬を育てる牧場の区切りだったともいわれます。江戸時代に二戸郡の名となり、1972年(昭和47年)に福岡町と金田一村が合併して市になったとき、郡の名がそのまま市の名に選ばれました。
まちの成り立ち
二戸の一帯には、古代に「爾薩体」と呼ばれた人々が住んでいたと伝えられ、この名は明治の村の名にも残りました。浄法寺の天台寺は、奈良時代に行基が開いたと伝わる古い寺です。戦国時代の終わりには九戸政実がこの地の九戸城に立てこもって豊臣方の大軍と戦い、乱のあと南部氏が城を改めて福岡城と呼びました。中心の町の福岡という名は、ここからきています。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、二戸郡に福岡町と金田一村・斗米村・爾薩体村・石切所村・御返地村・浄法寺村が生まれました。浄法寺村は1940年(昭和15年)に町になりました。
昭和の大合併では、1955年(昭和30年)3月10日に福岡町・石切所村・御返地村・斗米村・爾薩体村が合併して、新しい福岡町が発足しました。1972年(昭和47年)4月1日には福岡町と金田一村が合併して二戸市が生まれ、2006年(平成18年)1月1日に浄法寺町と合併して、今の二戸市が発足しました。浄法寺は、国内で使われる漆の多くを産する漆の里として知られています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、二戸郡に福岡町と金田一村・斗米村・爾薩体村・石切所村・御返地村・浄法寺村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1940年12月25日昭和15年二戸郡浄法寺村が町制を施行し、浄法寺町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年3月10日昭和30年二戸郡の福岡町・石切所村・御返地村・斗米村・爾薩体村が合併し、改めて福岡町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1972年4月1日昭和47年二戸郡の福岡町と金田一村が合併し、市制を施行して二戸市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2006年1月1日平成18年二戸市と二戸郡浄法寺町が合併し、改めて二戸市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。