今の葛巻町
岩手県北部、岩手郡にある町です。北上高地の東北部にあり、町の中心部は標高約400mで、周りを1000mを超える山々が囲みます。森林が町域の大半を占め、馬淵川が流れます。北緯40度の高原地帯で、酪農と林業を基幹産業としています。牧場やワイン醸造などを町の第三セクターが営み、風力や太陽光、バイオマスなどの再生可能エネルギーにも力を入れています。
今の葛巻町の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,634人です。今の区域で数えた1980年の11,972人とくらべると52.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は48.2%です。
主な産業:酪農と林業が基幹産業です。第三セクターで牧場、ワイン醸造、宿泊施設を営んでいます。
特産品・名産
- 山ぶどうワイン町の公式サイトに載る特産品
- くずまき高原牛町の公式サイトに載る特産品
- 乳製品牛乳・チーズ・ヨーグルトなど
見どころ・祭り
- くずまき高原牧場酪農の町を代表する牧場
- 平庭高原つつじまつりが開かれる高原
- 葛巻大麻八幡宮秋まつりの例大祭が行われる
木白樺花はぎ鳥やまどり葛巻町の木・花・鳥
葛巻町のなりたち
葛巻町(くずまきまち)は、岩手県県央の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。田部村・江刈村・葛巻村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の葛巻町になりました。
今の名前「葛巻町」は、1920年にあった葛巻村の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の葛巻村が約208km²だったのに対し、今の葛巻町は約458km²と、およそ2.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は九戸郡・二戸郡・岩手郡に属していました。
「葛巻町」という名前
葛巻という地名の由来は、はっきりしていません。江戸時代の葛巻は八戸藩の領地で、海沿いの野田から盛岡へ塩を運ぶ道の宿場として栄えました。1889年(明治22年)の町村制で葛巻村が生まれ、1940年(昭和15年)に町制を施行して葛巻町となりました。1955年(昭和30年)の合併のあとも、この名前が使われています。
まちの成り立ち
江戸時代の葛巻は南部藩の領地で、1665年(寛文5年)からは南部藩から分かれた八戸藩に属しました。野田から盛岡へ塩を運ぶ道の宿場町としてにぎわいました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、北九戸郡に葛巻村と江刈村、二戸郡に田部村が生まれました。1897年(明治30年)に南北の九戸郡が一つになり、葛巻村と江刈村は九戸郡に属しました。1892年(明治25年)には乳牛が持ちこまれ、これが今の酪農のはじまりになりました。
1940年(昭和15年)12月、葛巻村は町制を施行して葛巻町になりました。1948年(昭和23年)7月1日には、葛巻町と江刈村が九戸郡から岩手郡に移りました。
昭和の大合併では、1955年(昭和30年)7月15日に葛巻町・江刈村と二戸郡の田部村が合併し、今の岩手郡葛巻町が発足しました。1975年(昭和50年)には町の木・花・鳥を定めています。
町の中心部は標高約400メートルの高さにあり、まわりを1000メートルを超える山々が囲んでいます。酪農と林業を柱に、牧場やワイン工場などを町の第三セクターが営んでいます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、北九戸郡に葛巻村・江刈村が、二戸郡に田部村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年北九戸郡と南九戸郡が統合されて九戸郡となり、葛巻村・江刈村は九戸郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1940年12月25日昭和15年九戸郡葛巻村が町制を施行し、葛巻町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1948年7月1日昭和23年九戸郡の葛巻町と江刈村が岩手郡に移った。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1955年7月15日昭和30年岩手郡の葛巻町・江刈村と二戸郡田部村が合併し、改めて岩手郡葛巻町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.kuzumaki.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。