今の一戸町
岩手県北部、二戸郡にある町です。馬淵川が流れ、西岳などの山々に囲まれた内陸の町です。縄文時代の集落跡である御所野遺跡や、国の天然記念物に指定された珪化木などが町内に点在します。南部の奥中山には高原が広がり、スキー場や温泉があります。奥中山高原温泉、来田温泉、宮田温泉などの温泉もあり、一戸城跡は一戸公園になっています。
今の一戸町の区域の人口は、2020年の国勢調査で11,494人です。今の区域で数えた1980年の20,861人とくらべると44.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.5%です。
主な産業:農林畜産業とものづくり産業が盛んで、縫製や食品、金属製品の工場があります。
特産品・名産
- 鳥越の竹細工スズタケを使った竹細工
- 奥中山の乳製品奥中山地区の特産品
- レタス奥中山地区の特産品
見どころ・祭り
- 御所野遺跡世界遺産の縄文集落跡
- 根反の大珪化木国の特別天然記念物
- 奥中山高原スキー場冬に営業するスキー場
- いわて子どもの森県立の児童館
木ナラ花サクラ鳥ヤマドリ一戸町の木・花・鳥
一戸町のなりたち
一戸町(いちのへまち)は、岩手県県北の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。浪打村・鳥海村・小鳥谷村・姉帯村・一戸町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の一戸町になりました。
今の名前「一戸町」は、1920年にあった一戸町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の一戸町が約11km²だったのに対し、今の一戸町は約317km²と、およそ29.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は二戸郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧小鳥谷村の区域には小鳥谷駅(アイジーアールいわて銀河鉄道 いわて銀河鉄道線)があります。
「一戸町」という名前
一戸の名は、平安時代の末から名馬の産地として知られた土地に由来するといわれます。この一帯の牧場を一から九の「戸」に分けたことから、一戸の名が付いたとされます。ただし由来には諸説があります。平安時代後期に糠部郡を九つの地区に分けた際に、一戸から九戸の地名が付いたとする説明もあります。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、一戸村の大部分と高善寺村がまとまって二戸郡一戸町が生まれました。一戸村のうち4つの集落は、隣にできた浪打村に入りました。同じとき、周りには浪打村・鳥海村・小鳥谷村・姉帯村ができています。
1947年(昭和22年)8月には、昭和天皇が戦後の巡幸で奥中山駅に降り、奥中山の開拓農場を見て回りました。
昭和の大合併では、町村合併促進法のもとで、1957年(昭和32年)11月1日に一戸町と浪打村・鳥海村・小鳥谷村・姉帯村の1町4村が合併し、今の一戸町が発足しました。その後は大きな合併はありません。
町の中央を馬淵川が北へ流れ、市街地は川沿いの段丘の上に広がっています。縄文時代の大きな集落跡である御所野遺跡は、世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つです。根反の大珪化木は国の特別天然記念物で、浪打峠の交叉層や実相寺のイチョウも国の天然記念物です。町内を通る奥州街道は国の史跡に、旧朴舘家住宅は国の重要文化財に指定されています。一戸城の跡は一戸公園になっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、二戸郡に一戸町(一戸村の大部分と高善寺村)と浪打村・鳥海村・小鳥谷村・姉帯村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1957年11月1日昭和32年二戸郡の一戸町・浪打村・鳥海村・小鳥谷村・姉帯村が合併し、改めて一戸町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.ichinohe.iwate.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。