今の洋野町
岩手県沿岸部の最北端にある、九戸郡の町です。三陸海岸と三陸地方の北部に位置します。東は太平洋に面し、西部は高原になっています。久慈平岳や高取山などの山があり、川尻川や高家川などが流れます。海岸部には昆布やワカメが育つ増殖溝があり、ウニの産地として知られます。旧種市町ではヘルメット式潜水の南部もぐりが受け継がれています。
今の洋野町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,091人です。今の区域で数えた1980年の24,403人とくらべると38.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.6%です。
主な産業:漁業(ウニ・アワビ・昆布)、椎茸やホウレンソウの栽培、畜産・酪農が営まれています。
特産品・名産
- ウニ増殖溝の昆布で育つ
- いちご煮ウニとアワビの吸い物
- 大野木工大野地区の木工品
見どころ・祭り
- 種市海浜公園海岸の公園
- 江戸ケ浜海水浴場町の海水浴場
- ウニの増殖溝三陸ジオパークのジオサイト
洋野町のなりたち
洋野町(ひろのちょう)は、岩手県県北の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。中野村・種市村・大野村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の洋野町になりました。
今の名前「洋野町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の大野村が約143km²だったのに対し、今の洋野町は約321km²と、およそ2.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は九戸郡に属していました。
「洋野町」という名前
洋野という町名は、2006年(平成18年)に種市町と大野村が合併したとき、一般からの公募で決められた縁起のよい名です。名前の「野」は、合併した大野村の「野」とは関係がないとされています。町は岩手県の沿岸部の最も北にあり、北は青森県と接しています。
まちの成り立ち
洋野の一帯は、江戸時代には八戸藩の領地でした。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、北九戸郡に種市村・中野村・大野村が生まれ、1897年(明治30年)には九戸郡に属しました。
種市村は1951年(昭和26年)4月1日に町制を施行して種市町となり、1955年(昭和30年)2月11日に中野村と合併して、新しい種市町が発足しました。大野村は合併せずに村のまま続き、同じ1955年には隣の軽米町との間で区域の一部をやりとりしています。
平成の大合併では、2006年(平成18年)1月1日に種市町と大野村が合併し、洋野町が発足しました。海沿いの岩場には、昆布やワカメを育ててウニのえさ場とする「増殖溝」が掘られています。2011年(平成23年)の東日本大震災では漁港の施設が大きな被害を受けましたが、高さ12メートルの防潮堤が津波を弱め、住宅地の多くは被害をまぬかれました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、北九戸郡に種市村・中野村・大野村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年北九戸郡と南九戸郡が統合されて九戸郡となり、種市村・中野村・大野村は九戸郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1951年4月1日昭和26年九戸郡種市村が町制を施行し、種市町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年九戸郡軽米町の一部(上館の一部)が九戸郡大野村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年九戸郡の種市町と中野村が合併し、改めて種市町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年7月1日昭和30年九戸郡大野村の一部が軽米町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 2006年1月1日平成18年九戸郡の種市町と大野村が合併し、洋野町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。