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能代市のしろし

1920年には14の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の能代市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の能代市

秋田県の北西部、日本海に面した市です。市域のほとんどは米代川の下流に広がる能代平野の平坦地で、東部は米代川流域を除いて山地が広がります。南の三種町との境付近や海岸部には丘陵があり、湖沼には浅内沼や小友沼があります。秋田杉の木材加工で知られて「木都」と呼ばれ、バスケットボールの町としても有名です。

今の能代市の区域の人口は、2020年の国勢調査で49,968人です。今の区域で数えた1980年の60,674人とくらべると17.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.6%です。

49,968人人口(2020年)
−17.6%1980年からの増減
451.9km²面積(概算)
111人/km²人口密度
41.6%65歳以上の割合
60,6741980199020052020
15歳未満 8.5%15〜64歳 50.0%65歳以上 41.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:秋田杉の木材産業と、ねぎなどの農業、能代港の火力・風力発電があります。

特産品・名産

  • 白神ねぎ能代を代表する野菜で、一年を通して出荷
  • 秋田杉の木材製品「木都能代」を支えてきた木材加工

見どころ・祭り

  • 風の松原日本海沿いの松林。かおり風景100選
  • きみまち阪二ツ井町の景勝地。きみまち阪県立自然公園
  • 七座山二ツ井町にある山
  • 能代バスケミュージアムバスケの町を紹介する施設
  • 旧料亭金勇市内に残る旧料亭の建物

木クロマツ・アキタスギ花サクラ鳥キジ能代市の木・花・鳥

能代市のなりたち

能代市(のしろし)は、秋田県県北の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。東雲村・能代港町・榊村・扇淵村・種梅村・荷上場村・富根村・七座村・常盤村・鶴形村・檜山町・浅内村・響村・二ツ井町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の能代市になりました。

今の名前「能代市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの14の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の響村が約78km²だったのに対し、今の能代市は約452km²と、およそ5.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北秋田郡・山本郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧富根村の区域には富根駅(奥羽本線)があります。旧鶴形村の区域には鶴形駅(奥羽本線)があります。旧二ツ井町の区域には二ツ井駅(奥羽本線)があります。

141920年の町村の数
6回合併・編入の回数
452km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「能代市」という名前

能代の古い名は「渟代(ぬしろ)」で、『日本書紀』には658年に阿倍比羅夫が渟代に来たことが記されています。のちに「野代」と書かれるようになりました。1694年(元禄7年)と1704年(宝永元年)に大きな地震にあい、「野代」は「野に代わる」と読めて縁起が悪いとして、「よく代わる」と読める「能代」に改められたと伝えられています。「ぬしろ」という言葉そのものの語源は、はっきりしていません。

「それまでの「野代」は野に代わると読まれ縁起が悪いということで、能(よ)く代わるの「能代」に改称した。」── 能代市「能代市のプロフィール」

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、山本郡に能代港町が発足しました。周りには檜山町と、二ツ井・荷上場・榊・浅内・扇淵・鶴形・富根・響・種梅・常盤・東雲の各村が置かれています。明治の中ごろからは機械製材が始まり、能代は「木都」として知られるようになりました。二ツ井村は1902年(明治35年)に町制を施行しています。

1940年(昭和15年)10月1日、能代港町・東雲村・榊村が合併して市制を施行し、県内で秋田市に次ぐ2番目の市として能代市が発足しました。1942年(昭和17年)には扇淵村を、1955年(昭和30年)4月1日には檜山町・鶴形村・浅内村・常盤村を編入しています。

市の東では、1955年3月に二ツ井町・種梅村・荷上場村・富根村が合併して新しい二ツ井町が生まれました。同じ年の10月には鷹巣町の小繋・麻生が、12月には響村が二ツ井町に加わり、1958年(昭和33年)には能代市の檜山地区の一部が二ツ井町に移っています。能代市には1957年(昭和32年)に峰浜村の一部が編入されました。

2006年(平成18年)3月21日、能代市と二ツ井町が合併し、新しい能代市が発足しました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、山本郡に能代港町・檜山町と、二ツ井村・荷上場村・榊村・浅内村・扇淵村・鶴形村・富根村・響村・種梅村・常盤村・東雲村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1902年6月4日明治35年山本郡二ツ井村が町制を施行して二ツ井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1940年10月1日昭和15年山本郡の能代港町・東雲村・榊村が合併し、市制を施行して能代市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp
  4. 1942年4月1日昭和17年山本郡扇淵村が能代市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.akita.lg.jp
  5. 1955年3月25日昭和30年山本郡の二ツ井町・種梅村・荷上場村・富根村が合併し、新しい二ツ井町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp
  6. 1955年4月1日昭和30年山本郡の檜山町・鶴形村・浅内村・常盤村が能代市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.akita.lg.jp
  7. 1955年10月1日昭和30年北秋田郡鷹巣町の一部(旧七座村の小繋・麻生)が二ツ井町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.akita.lg.jp
  8. 1955年12月25日昭和30年山本郡響村が二ツ井町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.akita.lg.jp
  9. 1957年6月20日昭和32年山本郡峰浜村の一部(坂形・比八田・外荒巻)が能代市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.akita.lg.jp
  10. 1958年2月1日昭和33年能代市の一部(檜山地区の揚吉・苅又石)が二ツ井町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.akita.lg.jp
  11. 2006年3月21日平成18年能代市と山本郡二ツ井町が合併し、新しい能代市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

能代市1940〜今
二ツ井町→二ッ井町1902〜2006同じ名前の駅:二ツ井駅
響村1889〜1955
七座村1889〜1955
種梅村1889〜1955
荷上場村1889〜1955
富根村1889〜1955同じ名前の駅:富根駅
常盤村1889〜1955
鶴形村1889〜1955同じ名前の駅:鶴形駅
檜山町1889〜1955
浅内村1889〜1955
扇淵村1889〜1942
東雲村1889〜1940
能代港町1889〜1940
榊村1889〜1940

参考にした資料