今の上小阿仁村
秋田県のほぼ中央にある、南北に細長い山あいの村です。太平山に発する小阿仁川が村の中央を北へ流れ、面積の9割以上を山林が占めます。江戸時代から秋田杉の産地として知られ、阿仁鉱山の杭木も切り出されました。村の奥には八木沢などマタギの集落があり、天然秋田杉の森やキャンプ場、温泉など、山の自然にふれられる場所が多くあります。
今の上小阿仁村の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,063人です。今の区域で数えた1980年の4,352人とくらべると52.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は53.7%です。
主な産業:林業と木材産業が古くから中心で、稲作と野菜づくりも行われています。
特産品・名産
- 食用ほおずき村で栽培されている園芸作物
- 米なす村で栽培されている大きな丸いナス
- ズッキーニ村で栽培されている園芸作物
見どころ・祭り
- 山村広場樹齢250年以上の天然秋田杉に囲まれた広場
- コブ杉山村広場の奥にある杉。森の巨人たち百選
- 萩形キャンプ場小阿仁川に沿って広がるキャンプ場
- 山ふじ温泉五反沢地区にある鉱泉の温泉
- KAMIKOANIプロジェクト秋田八木沢集落を舞台にしたアートのプロジェクト
上小阿仁村のなりたち
上小阿仁村(かみこあにむら)は、秋田県県北の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに上小阿仁村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は北秋田郡に属していました。
「上小阿仁村」という名前
「小阿仁」の名については、房住山にまつわる伝説が語られています。むかし房住山一帯を治めた高倉長者の娘の婿は「阿仁殿」と呼ばれていました。のちに長者に男の子が生まれ、長者は争いを避けるため、くじ引きで土地を分けたといいます。娘婿が開いた奥地が「大阿仁」、実子が開いた地が「小阿仁」と呼ばれるようになったという話です。村名の「上」は、下流側に下小阿仁村があったことによります。
まちの成り立ち
上小阿仁村は、秋田県のほぼ中央、小阿仁川の上流に開けた山あいの村です。1591年(天正19年)の太閤検地による領地目録に「小阿仁村」の名が記されています。江戸時代には久保田藩が秋田杉を育て、阿仁鉱山で使う杭木の産地にもなりました。沖田面は、久保田と阿仁鉱山を行き来する人の宿場としてにぎわいました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、小沢田・五反沢・福館・杉花・堂川・仏社・沖田面・大林・南沢の9村がひとつになり、北秋田郡上小阿仁村が発足しました。村の区域はこのときから変わっていません。
村の奥の八木沢と萩形はマタギの集落でした。八木沢は1813年(文化10年)に、今の北秋田市阿仁根子のマタギが移り住んで開いたと伝えられています。萩形は1966年(昭和41年)に萩形ダムができたのをきっかけに、住む人がいなくなりました。
平成の大合併では、鷹巣阿仁地域の合併の話し合いに加わらず、村として続く道を選びました。2005年(平成17年)からは、北秋田郡に残るただ一つの村になっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、小沢田・五反沢・福館・杉花・堂川・仏社・沖田面・大林・南沢の9村の区域で北秋田郡上小阿仁村が発足した。種類:町村制 出典:www.vill.kamikoani.akita.jp
- 2005年6月20日平成17年北秋田郡のほかの町がすべて北秋田市と大館市に移り、北秋田郡に属する町村は上小阿仁村だけとなった。種類:その他 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。