今の東栄町
愛知県の北東部、静岡県との県境に近い奥三河の山あいにあるまちです。周りを山に囲まれた盆地に中心街があり、標高700〜1000メートルほどの山々が連なります。天竜川水系の大千瀬川と振草川が流れ、霜月神楽の「花祭」が今も受け継がれています。
今の東栄町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,942人です。今の区域で数えた1980年の6,236人とくらべると52.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は51.0%です。
主な産業:林業・木材加工、茶・コンニャク・シイタケの栽培
特産品・名産
- 藪北茶農産物として挙げられる
- コンニャク農産物として挙げられる
- シイタケ農産物として挙げられる
- もりそば名産・特産の項に記載
見どころ・祭り
- 花祭毎年11月から3月にかけて行われる霜月神楽。国の重要無形民俗文化財
- 古戸鍾乳洞町の北部にある鍾乳洞
- 明神山町の最高峰(1016m)
- 振草渓谷県立自然公園町域西部の一部が愛知県立の自然公園に含まれる
- 志多ら町を拠点とする創作和太鼓集団
木スギ花ヤマユリ鳥ウグイス東栄町の木・花・鳥
東栄町のなりたち
東栄町(とうえいちょう)は、愛知県東三河地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。園村・御殿村・下川村・本郷村・三輪村・振草村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の東栄町になりました。
今の名前「東栄町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の振草村が約61km²だったのに対し、今の東栄町は約122km²と、およそ2.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北設楽郡に属していました。
「東栄町」という名前
「東栄」は、1955年(昭和30年)に本郷町・下川村・御殿村・園村が合併したときに付けられた新しい町名で、どの旧町村の名前も引き継いでいません。名前に込められた意味や選ばれた経緯は、確認できた資料には書かれておらず、分かっていません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制の施行で、今の町域には北設楽郡の本郷村・御殿村・園村と、三輪村・振草村の一部が含まれました。1900年(明治33年)には本郷村の下田・川角が分かれて下川村となり、1921年(大正10年)に本郷村は町制を施行して本郷町となります。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)4月1日に本郷町・下川村・御殿村・園村が合併して東栄町が生まれました。翌1956年には周りの村が分かれて入ってきます。7月1日に三輪村が分割され、奈根と長岡の一部が東栄町の大字三輪に、残りは鳳来町(現在の新城市)に移りました。9月30日には振草村も分割され、古戸・上粟代・下粟代・小林が東栄町の大字振草となり、平山・神田・川合は設楽町の一部になっています。こうして旧村の名前は、三輪・振草という大字として東栄町に残りました。その後は合併することなく、今も北設楽郡の町として続いています。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、北設楽郡に本郷村・御殿村・園村・三輪村・振草村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1900年7月16日明治33年北設楽郡本郷村の一部(下田・川角)が分かれて下川村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1921年10月1日大正10年北設楽郡本郷村が町制を施行し、本郷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年北設楽郡本郷町・下川村・御殿村・園村が合併して東栄町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年7月1日昭和31年北設楽郡三輪村が分割され、奈根と長岡の一部が東栄町(大字三輪)に、川合と長岡の一部(池場)が南設楽郡鳳来町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年北設楽郡振草村が分割され、古戸・上粟代・下粟代・小林が東栄町(大字振草)に編入され、平山・神田・川合は田口町・段嶺村・名倉村と合併して設楽町となった。種類:分割 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。