今の山口市
山口県のほぼ中央にある県庁所在地です。市域は南北に長く、南は瀬戸内海の山口湾、北は島根県に接します。山口盆地を椹野川が南へ流れ、その両岸に市街地が広がります。室町時代に大内氏の城下町として栄え、「西の京」と呼ばれました。湯田温泉や瑠璃光寺の五重塔があり、南部の小郡は鉄道と道路が集まる交通の拠点です。
今の山口市の区域の人口は、2020年の国勢調査で193,966人です。今の区域で数えた1980年の173,590人とくらべると11.7%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.5%です。
主な産業:県庁所在地として行政・商業・観光が中心で、小郡地区には流通業が集まります。
特産品・名産
- 外郎(ういろう)市内の菓子店がつくる名物の菓子
- 大内塗山口の名物・特産品として挙げられる漆器
- かみなり豆腐仁保地区の名物
見どころ・祭り
- 瑠璃光寺五重塔室町時代に大内義弘が建てた寺の五重塔。国宝
- 常栄寺(雪舟庭)庭園は国の名勝・史跡
- 湯田温泉市の中心部にある温泉地。宿泊施設が集まる
- 山口サビエル記念聖堂宣教師ザビエルにゆかりのある聖堂
- 長門峡北部の阿東地区にある名所
木イチョウ花菜の花山口市の木・花
山口市のなりたち
山口市(やまぐちし)は、山口県山口・防府圏の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、27の町村がありました。吉敷村・宮野村・大歳村・平川村・陶村・嘉川村・名田島村・秋穂二島村・佐山村・嘉年村・生雲村・徳佐村・地福村・篠生村・柚野村・八坂村・串村・出雲村・島地村・仁保村・小鯖村・鋳銭司村・大内村・小郡町・秋穂村・井関村・山口町です。これらの町村が、9回の合併や編入を経て、今の山口市になりました。
今の名前「山口市」は、1920年にあった山口町の名前を受け継いでいます。ほかの26の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は佐波郡・吉敷郡・阿武郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、佐波郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧宮野村の区域には宮野駅(山口線)があります。旧大歳村の区域には大歳駅(山口線)があります。旧嘉川村の区域には嘉川駅(山陽本線)があります。旧徳佐村の区域には徳佐駅(山口線)があります。旧地福村の区域には地福駅(山口線)があります。
「山口市」という名前
「山口」の地名の由来ははっきりしていません。1360年(延文5年)に周防国を平定した大内弘世が、本拠を現在の市の中心部に移しました。その後、大内氏の城下町として整えられ、「西の京」と呼ばれる文化の町になりました。幕末には長州藩が藩庁を萩から山口へ移し、廃藩置県のあとも山口県の県庁所在地として続いています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、山口四十町をもって吉敷郡山口町が発足しました。山口町は1905年に上宇野令村、1915年に下宇野令村と合併しています。1929年(昭和4年)4月10日に山口町と吉敷村が合わさり、市制を施行して山口市が生まれました。1941年(昭和16年)に宮野村を編入し、1944年(昭和19年)4月1日には大歳村・平川村・陶村・嘉川村・名田島村・秋穂二島村・佐山村と小郡町・阿知須町が合わさって、改めて山口市が発足しました。阿知須町は1947年、小郡町は1949年に分かれています。1956年に鋳銭司村を編入し、1963年には、1955年に仁保村・小鯖村・大内村が合わさって生まれた大内町を編入しました。2005年(平成17年)10月1日、山口市と小郡町・秋穂町・阿知須町・徳地町が新設合併し、現在の山口市になりました。この合併で佐波郡と吉敷郡はなくなっています。2010年(平成22年)1月16日には阿武郡の阿東町を編入し、市域は北の島根県境まで広がりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、吉敷郡に山口町・上宇野令村・下宇野令村・宮野村・吉敷村・矢原朝田村・平川村・仁保村・小鯖村・大内村・鋳銭司村・陶村・名田島村・秋穂二島村・秋穂村・小郡村・嘉川村・井関村が、佐波郡に出雲村・島地村・串村・八坂村・柚野村が、阿武郡に篠生村・生雲村・地福村・徳佐村・嘉年村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1898年7月1日明治31年吉敷郡の矢原朝田村が改称して大歳村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1899年4月1日明治32年吉敷郡井関村の一部(佐山)が分かれて佐山村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1901年8月1日明治34年吉敷郡の小郡村が町制を施行して小郡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1905年4月1日明治38年吉敷郡の山口町と上宇野令村が合併し、改めて山口町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1915年7月1日大正4年吉敷郡の山口町と下宇野令村が合併し、改めて山口町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1929年4月10日昭和4年吉敷郡の山口町と吉敷村が合併し、市制を施行して山口市が発足した。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1940年4月29日昭和15年吉敷郡の秋穂村が町制を施行して秋穂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1940年11月3日昭和15年吉敷郡の井関村が町制を施行し、改称して阿知須町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1941年4月1日昭和16年吉敷郡宮野村が山口市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1944年4月1日昭和19年山口市と吉敷郡の大歳村・平川村・秋穂二島村・名田島村・陶村・小郡町・嘉川村・阿知須町・佐山村が合併し、改めて山口市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1947年11月23日昭和22年山口市の阿知須の区域が分かれ、吉敷郡阿知須町が再び置かれた。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1949年11月1日昭和24年山口市の小郡上郷・小郡下郷の区域が分かれ、吉敷郡小郡町が再び置かれた。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年吉敷郡の仁保村・小鯖村・大内村が合併して大内町が、佐波郡の出雲村・島地村・串村・八坂村・柚野村が合併して徳地町が、阿武郡の篠生村・生雲村・地福村・徳佐村・嘉年村が合併して阿東町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年11月1日昭和30年佐波郡徳地町の一部(巣山)が都濃郡鹿野町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1956年11月3日昭和31年吉敷郡鋳銭司村が山口市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1963年5月1日昭和38年吉敷郡大内町が山口市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2005年10月1日平成17年山口市と佐波郡徳地町、吉敷郡の秋穂町・小郡町・阿知須町が合併し、改めて山口市が発足した。佐波郡と吉敷郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.yamaguchi.lg.jp
- 2010年1月16日平成22年阿武郡阿東町が山口市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.yamaguchi.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。