今の阿武町
山口県の北部、日本海に面した町で、周りを萩市に囲まれています。海に面した奈古地区と宇田郷地区は気温が比較的温暖で、山あいの福賀地区は盆地で冬に雪が多く降ります。海岸沿いを山陰本線と国道191号が通り、北長門海岸国定公園に面します。農業と漁業が基盤で、福賀では農業と林業が行われています。
今の阿武町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,055人です。今の区域で数えた1980年の6,272人とくらべると51.3%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は49.8%です。
主な産業:農業と漁業が基盤で、山あいの福賀では農業と林業が行われています。
特産品・名産
- 無角和牛山口県だけで飼育されている希少な和牛
- キウイフルーツ町の名産。赤いキウイ「あぶの赤」なども作られる
- 福賀の二十世紀梨福賀地区で作られる梨
見どころ・祭り
- 白須たたら製鉄遺跡国の史跡
- 惣郷川橋梁山陰本線の橋
- 鶴ヶ嶺八幡宮境内のくすのきが県の天然記念物に指定されている
- 佐々木小次郎の墓町内にある墓
- 道の駅阿武町1992年に開設された道の駅
木クスノキ花シャクナゲ阿武町の木・花
阿武町のなりたち
阿武町(あぶちょう)は、山口県萩圏の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。宇田郷村・福賀村・奈古村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の阿武町になりました。
今の名前「阿武町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の福賀村が約48km²だったのに対し、今の阿武町は約114km²と、およそ2.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は阿武郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧宇田郷村の区域には宇田郷駅(山陰本線)があります。旧奈古村の区域には奈古駅(山陰本線)があります。
「阿武町」という名前
「阿武(あぶ)」の名の由来ははっきりしていません。町名は、かつてこの一帯にあった阿武郡の名を受け継いだものです。1955年(昭和30年)に、阿武郡の奈古町、福賀村、宇田郷村が合併して阿武町が発足しました。阿武郡には、この町のほか萩市の一帯が含まれていました。
まちの成り立ち
阿武町のある一帯は、山口県の北部、日本海側の阿武郡にありました。奈古村は1942年(昭和17年)11月3日に町制を施行して奈古町になっています。1955年(昭和30年)1月1日、奈古町・福賀村・宇田郷村が合併して阿武町が発足しました。町は海に面した奈古地区と宇田郷地区、山あいの福賀地区からなります。1992年(平成4年)7月には道の駅阿武町が開設されました。平成の大合併では、萩市の周りの町村とともに萩広域市町村圏組合を構成して広域合併を目指しましたが、2004年(平成16年)3月に合併協議会から離れ、単独の町として続ける方針を示しました。2005年(平成17年)3月6日に周りの町村が萩市と合併して新しい萩市が発足したため、阿武町は萩市に囲まれる形になっています。町の花は町内の自生地にちなむシャクナゲ、町の木は鶴ヶ嶺八幡宮のくすのきにちなむクスノキで、1979年に住民投票で定められました。町は北長門海岸国定公園に面し、「日本で最も美しい村」連合に加盟しています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、阿武郡に奈古村・宇田郷村・福賀村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1942年11月3日昭和17年阿武郡の奈古村が町制を施行して奈古町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年阿武郡の奈古町・福賀村・宇田郷村が合併して阿武町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。