山口県 › 長門市

長門市ながとし

1920年には9の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の長門市になりました。

9町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の長門市

山口県の北部、日本海に面した市です。東西に細長く、北は日本海、南は中国山地の西の端につながります。青海島や向津具半島に囲まれた入り江が天然の良港になっています。仙崎港を中心に漁業が行われ、蒲鉾などの魚肉練り製品も作られています。湯本、俵山、湯免、黄波戸、油谷湾の温泉地があり、金子みすゞが生まれた町でもあります。

今の長門市の区域の人口は、2020年の国勢調査で32,519人です。今の区域で数えた1980年の50,892人とくらべると36.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.1%です。

32,519人人口(2020年)
−36.1%1980年からの増減
357.11km²面積(国土地理院)
91人/km²人口密度
44.1%65歳以上の割合
50,8921980199020052020
15歳未満 9.4%15〜64歳 46.5%65歳以上 44.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:漁業・農業・畜産業と、蒲鉾などの食品製造業が中心で、観光も盛んです。

特産品・名産

  • 蒲鉾仙崎地区を中心に作られる魚肉練り製品
  • ケンサキイカ日本海で水揚げされる主な魚の一つ
  • 養殖のタイ・ハマチ油谷地区を中心に養殖が行われている

見どころ・祭り

  • 青海島全域が北長門海岸国定公園
  • 金子みすゞ記念館仙崎生まれの童謡詩人の生家跡にある
  • 元乃隅神社油谷にある神社
  • 長門湯本温泉県北部で最大の規模の温泉街
  • 大日比ナツミカン原樹国の史跡および天然記念物

花ツツジ長門市の花

長門市のなりたち

長門市(ながとし)は、山口県長門圏の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。通村・仙崎町・深川村・俵山村・向津具村・宇津賀村・菱海村・日置村・三隅村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の長門市になりました。

今の名前「長門市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の深川村が約82km²だったのに対し、今の長門市は約350km²と、およそ4.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は大津郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、大津郡は2005年(平成17年)3月22日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧仙崎町の区域には仙崎駅(山陰本線)があります。

91920年の町村の数
3回合併・編入の回数
357km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「長門市」という名前

「長門」は、旧国名の長門国に由来する名です。長門国は古くは「穴門(あなと)」と呼ばれ、関門海峡のあたりを指したとされます。「長門」の名の意味ははっきりしていません。1954年(昭和29年)の市制施行のとき、旧国名をとって長門市と名付けられました。

まちの成り立ち

1954年(昭和29年)3月31日、大津郡の深川町・仙崎町・通村・俵山村が合併し、市制を施行して長門市が発足しました。4町村はいずれも大津郡にありました。深川村は1928年に町制を施行して深川町になっています。同じ年の5月1日には、向津具村・宇津賀村・菱海村が合わさって油谷町が生まれました。三隅村は1942年(昭和17年)に町制を施行して三隅町になり、日置村は1978年(昭和53年)に町制を施行して日置町になりました。江戸時代には、この地は捕鯨の基地として栄えました。平成の大合併では、2005年(平成17年)3月22日に旧長門市と日置町・三隅町・油谷町が新設合併し、改めて長門市が発足しました。この合併で、大津郡はなくなりました。日本海側の海岸線や島、温泉地を抱え、観光地としての広がりも持つ市になっています。2016年(平成28年)12月15日には、長門市で日露首脳会談(長門会談)が行われました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、大津郡に三隅村・仙崎通村・深川村・俵山村・菱海村・日置村・宇津賀村・向津具村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1899年4月1日明治32年大津郡仙崎通村の一部(通浦)が分かれて通村が発足し、残りの区域は改称して仙崎村となった。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1914年4月15日大正3年大津郡の仙崎村が町制を施行して仙崎町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1928年11月1日昭和3年大津郡の深川村が町制を施行して深川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1942年11月3日昭和17年大津郡の三隅村が町制を施行して三隅町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1954年3月31日昭和29年大津郡の通村・仙崎町・深川町・俵山村が合併し、市制を施行して長門市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1954年5月1日昭和29年大津郡の菱海村・宇津賀村・向津具村と日置村の一部(大字蔵小田の大部分)が合併して油谷町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1978年4月1日昭和53年大津郡の日置村が町制を施行して日置町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  9. 2005年3月22日平成17年長門市と大津郡の三隅町・日置町・油谷町が合併し、改めて長門市が発足した。大津郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.yamaguchi.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

長門市1954〜今
日置村→日置町1889〜2005
三隅村→三隅町1889〜2005
油谷町1954〜2005
向津具村1889〜1954
宇津賀村1889〜1954
菱海村1889〜1954
通村1899〜1954
仙崎町1914〜1954同じ名前の駅:仙崎駅
深川村→深川町1889〜1954
俵山村1889〜1954

参考にした資料