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美祢市みねし

1920年には14の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の美祢市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の美祢市

山口県のほぼ中央にあり、県内で唯一海に面していない市です。四方を山に囲まれ、石灰質の土地が多く、さまざまな化石が出ます。市の西部を美祢線が縦断し、宇部市や山陽小野田市との結びつきが強い地域です。東部の秋吉台と秋芳洞は観光の中心になっています。かつては無煙炭の炭鉱があり、今は石灰石の採掘が行われています。

今の美祢市の区域の人口は、2020年の国勢調査で23,247人です。今の区域で数えた1980年の36,907人とくらべると37.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.7%です。

23,247人人口(2020年)
−37.0%1980年からの増減
472.64km²面積(国土地理院)
49人/km²人口密度
42.7%65歳以上の割合
36,9071980199020052020
15歳未満 8.5%15〜64歳 48.8%65歳以上 42.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:石灰石の採掘や製造業、秋吉台を中心にした観光と、梨・ゴボウ・ホウレンソウなどの農業が盛んです。

特産品・名産

  • 梨秋芳・美東地域の特産
  • ゴボウ秋芳・美東地域の特産
  • ホウレンソウ他地域より甘みがあり、生でも食べられるとされる

見どころ・祭り

  • 秋吉台秋吉台国定公園の中心
  • 秋芳洞秋吉台にある鍾乳洞
  • 別府弁天池湧水名水百選に選ばれた湧水
  • 長登銅山跡国の史跡
  • 万倉の大岩郷市内にある岩の景観地

木カシ花サクラ美祢市の木・花

美祢市のなりたち

美祢市(みねし)は、山口県宇部・小野田圏の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。於福村・豊田前村・大嶺村・伊佐村・東厚保村・西厚保村・赤郷村・大田村・綾木村・真長田村・共和村・別府村・秋吉村・岩永村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の美祢市になりました。

今の名前「美祢市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの14の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の大嶺村が約63km²だったのに対し、今の美祢市は約462km²と、およそ7.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は美祢郡・美禰郡・豊浦郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、美祢郡は2008年(平成20年)3月21日に廃止されました、豊浦郡は2005年(平成17年)2月13日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧於福村の区域には於福駅(美祢線)があります。旧大嶺村の区域には大嶺駅(美祢線)があります。

141920年の町村の数
4回合併・編入の回数
473km²今の面積
2008年いちばん新しい合併

「美祢市」という名前

「美祢(みね)」の由来には、山に囲まれた土地であることから、「峰」が「美祢」に転じたとする説があります。はっきりした資料は確認できていません。この地は古くから美祢郡の中心で、1954年(昭和29年)に美祢郡の町村などが合わさって市となったとき、郡名にちなんで美祢市と名付けられました。

まちの成り立ち

明治維新のあと、大嶺炭田の開発と石灰石の採掘で、この地は工業の町として発展しました。大嶺炭鉱の無煙炭は戦前に軍艦の燃料などに使われ、戦後は家庭用の練炭にも利用されました。1923年(大正12年)に大田村が町制を施行して大田町になり、1924年には伊佐村が町制を施行して伊佐町になりました。大嶺村も1939年(昭和14年)に町制を施行して大嶺町になっています。1954年(昭和29年)3月31日、美祢郡の大嶺町・伊佐町・於福村・東厚保村・西厚保村と、豊浦郡の豊田前町が合併し、市制を施行して美祢市が発足しました。同じ年の10月1日には赤郷村・大田町・綾木村・真長田村が合わさって美東町が、1955年(昭和30年)4月1日には共和村・別府村・秋吉村・岩永村が合わさって秋芳町が生まれました。2008年(平成20年)3月21日、美祢市と美東町・秋芳町が新設合併し、改めて美祢市が発足しました。この合併で美祢郡はなくなっています。美祢市は、山口県で唯一、海に面していない市です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、美祢郡に大田村・綾木村・真長田村・秋吉村・岩永村・伊佐村・東厚保村・西厚保村・大嶺村・於福村・別府村・共和村・赤郷村が、豊浦郡に豊田前村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1923年8月1日大正12年美祢郡の大田村が町制を施行して大田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1924年1月1日大正13年美祢郡の伊佐村が町制を施行して伊佐町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1939年5月1日昭和14年美祢郡の大嶺村が町制を施行して大嶺町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1953年6月1日昭和28年豊浦郡の豊田前村が町制を施行して豊田前町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1954年3月31日昭和29年美祢郡の大嶺町・伊佐町・於福村・東厚保村・西厚保村と豊浦郡の豊田前町が合併し、市制を施行して美祢市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1954年10月1日昭和29年美祢郡の大田町・綾木村・真長田村・赤郷村が合併して美東町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1955年4月1日昭和30年美祢郡の秋吉村・岩永村・別府村・共和村が合併して秋芳町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 2008年3月21日平成20年美祢市と美祢郡の美東町・秋芳町が合併し、改めて美祢市が発足した。美祢郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.yamaguchi.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

美祢市1953〜今
美東町1954〜2008
赤郷村1889〜1954
大田村→大田町1889〜1954
綾木村1889〜1954
真長田村1889〜1954
秋芳町1955〜2008
共和村1889〜1955
別府村1889〜1955
秋吉村1889〜1955
岩永村1889〜1955
於福村1889〜1954同じ名前の駅:於福駅
豊田前村1889〜1954
大嶺村→大嶺町1889〜1954同じ名前の駅:大嶺駅
伊佐村→伊佐町1889〜1954
東厚保村1889〜1954
西厚保村1889〜1954

参考にした資料