今の小平市
玉川上水と野火止用水、新田開発を土台に成り立った、平坦な武蔵野台地のまちです。小川や鈴木、大沼などの地名に開拓の記憶が残ります。工場や住宅地が広がる一方、ブルーベリー、梨、うどなどの農地もあります。小平グリーンロードやふるさと村、平櫛田中彫刻美術館などが、緑と暮らしの歴史、芸術のある風景を形づくっています。
今の小平市の区域の人口は、2020年の国勢調査で198,739人です。今の区域で数えた1980年の154,610人とくらべると28.5%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は23.5%です。
主な産業:製造業、商業・サービス業、ブルーベリーや梨、うどなどの都市農業が営まれます。
特産品・名産
- ブルーベリー小平で育まれてきた農産物
- 梨小平で育まれてきた農産物
- うど小平で育まれてきた農産物
見どころ・祭り
- 小平ふるさと村地域の昔の暮らしを伝える施設
- 平櫛田中彫刻美術館彫刻家の作品と暮らしにふれる美術館
- 鈴木遺跡資料館地域の古い歴史を伝える資料館
花ツツジ木ケヤキ鳥コゲラ小平市の花・木・鳥
小平市のなりたち
小平市(こだいらし)は、東京都多摩地域の市です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では小平村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は北多摩郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北多摩郡は1970年(昭和45年)11月3日に廃止されました。
「小平市」という名前
小平の名は、最初に開拓された小川村の「小」と、平坦な地形の「平」にちなむといわれています。1889年に小川村と周辺の新田の七村が合併して小平村となった際につけられた名です。1944年の町制、1962年の市制を経ても名前は変わらず、開拓の拠点と武蔵野の地形を示す意味が受け継がれています。
まちの成り立ち
小平の歩みには玉川上水と野火止用水、新田開発が深く関わります。玉川上水完成後の1656年、小川九郎兵衛が青梅街道沿いを開き、小川村が生まれました。江戸時代の新田開発によって周辺にも村々ができ、平坦な武蔵野台地で農業が営まれました。
1889年4月1日、小川村・小川新田・鈴木新田・廻り田新田・野中新田与右衛門組・野中新田善左衛門組・大沼田新田の七村が合併し、神奈川県北多摩郡小平村が発足しました。1893年4月1日に北多摩郡が東京府へ移され、1944年2月11日には小平町となりました。1962年10月1日に市制を施行し、小平市が誕生しました。開拓期の村名は、市内の地名としても残っています。
市内には工場が立地し、住宅や商業の場が広がる一方、ブルーベリーや梨、うどなどの農業も営まれています。玉川上水や小平グリーンロードには緑が続き、ふるさと村には地域の昔の暮らしが伝えられています。平櫛田中彫刻美術館や鈴木遺跡資料館には、芸術や古い時代の歴史の層もあります。水路と街道を土台に開かれた村々の記憶が、工業と住宅、農地や文化のある都市の中に受け継がれています。
年表
- 1889年4月1日明治22年小川村と周辺の新田の七村が合併し神奈川県北多摩郡小平村が発足した。種類:町村制 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1893年4月1日明治26年北多摩郡が神奈川県から東京府へ移管された。種類:県境を越えた編入 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1944年2月11日昭和19年小平村が町制を施行し小平町となった。種類:町制施行 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1962年10月1日昭和37年小平町が市制を施行し小平市となった。種類:市制施行 出典:www.tokyo-mayors.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。