今の小金井市
野川や玉川上水、崖線の湧水、小金井桜に彩られる文教住宅都市です。野川公園や武蔵野公園、滄浪泉園などに水と緑の景観が残ります。江戸東京たてもの園やはけの森美術館では建物や美術にふれられ、情報通信や映像に関わる活動もあります。江戸東京野菜、ルバーブ、栗などの産物にも、都市に残る農業の営みが表れています。
今の小金井市の区域の人口は、2020年の国勢調査で126,074人です。今の区域で数えた1980年の102,456人とくらべると23.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は21.2%です。
主な産業:商業・サービス業、情報通信の研究や映像関連の活動、都市農業が営まれます。
特産品・名産
- 江戸東京野菜地域で育てられる農産物
- ルバーブ地域で育てられる農産物
- 幕府献上栗地域の栗
見どころ・祭り
- 江戸東京たてもの園歴史ある建物を移築して保存する園
- 滄浪泉園崖線の水と緑にふれる場所
- 小金井市立はけの森美術館はけの緑に囲まれた美術館
花サクラ木ケヤキ鳥カワセミ小金井市の花・木・鳥
小金井市のなりたち
小金井市(こがねいし)は、東京都多摩地域の市です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では小金井村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は北多摩郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北多摩郡は1970年(昭和45年)11月3日に廃止されました。
「小金井市」という名前
小金井の名は、豊かな湧水を黄金に値する水と見立てた「黄金井」から変わったといわれています。一方、金井原という地名や金井氏に関わる説もあり、語源の由来ははっきりしていません。1889年に小金井村が発足し、1937年の町制、1958年の市制を経て、水と結び付く地名が受け継がれました。
まちの成り立ち
小金井には野川や玉川上水があり、崖線の湧水や小金井桜が土地の風景を形づくっています。滄浪泉園や野川公園、武蔵野公園などにも水と緑を感じる場所があります。豊かな水に結び付く名を持つ地域は、緑のある文教住宅都市として歩んできました。
1889年4月1日、神奈川県北多摩郡に小金井村が発足しました。小金井村・貫井村や周辺の新田、他村の飛地などが合わさり、市域の基礎ができました。1893年4月1日に北多摩郡が東京府へ移され、1937年2月11日には小金井町となりました。市となる人口要件が緩和された1958年の10月1日、小金井町は市制を施行しました。
市内には江戸東京たてもの園やはけの森美術館、旧浴恩館などがあり、建物や美術を通して暮らしと文化の歴史にふれることができます。情報通信研究機構やスタジオジブリも地域の資源に挙げられ、研究や映像に関わる活動がまちに重なります。農業では江戸東京野菜やルバーブ、幕府献上栗などが地域の産物として挙げられてきました。住宅や研究の場と、公園や水辺、農地の営みが近接し、武蔵野の緑と水を暮らしの中に感じるまちです。
年表
- 1889年4月1日明治22年小金井村・貫井村や周辺の新田、他村の飛地などを合わせ神奈川県北多摩郡小金井村が発足した。種類:町村制 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1893年4月1日明治26年北多摩郡が神奈川県から東京府へ移管された。種類:県境を越えた編入 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1937年2月11日昭和12年小金井村が町制を施行し小金井町となった。種類:町制施行 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1958年10月1日昭和33年小金井町が市制を施行し小金井市となった。種類:市制施行 出典:www.tokyo-mayors.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。