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東大和市ひがしやまとし

東大和市がたどってきた合併の歴史です。

1町村から

今の東大和市

多摩地域の北部に位置し、北には多摩湖と狭山丘陵、南には住宅地が広がります。六村の合併で生まれた大和村を前身とし、貯水池や工場の建設、戦後の団地開発とともに都市へ発展しました。梨や茶、野菜を育てる農地が残り、多摩湖梨などの農産物が親しまれています。多摩湖の水辺や丘陵の緑、空襲の痕跡を残す変電所が地域の特色を伝えています。

今の東大和市の区域の人口は、2020年の国勢調査で83,901人です。今の区域で数えた1980年の65,553人とくらべると28.0%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.4%です。

83,901人人口(2020年)
+28.0%1980年からの増減
13.42km²面積(国土地理院)
6,252人/km²人口密度
27.4%65歳以上の割合
85,1571980199020052020
15歳未満 12.8%15〜64歳 59.8%65歳以上 27.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商工業と住宅地のサービス業が営まれ、梨・茶・野菜の農業も残ります。

特産品・名産

  • 多摩湖梨多摩湖近くの地域で育てる梨
  • 狭山茶市内の茶畑で栽培される茶
  • 大根市内で栽培される主要な野菜

見どころ・祭り

  • 多摩湖狭山丘陵に造られた村山貯水池
  • 狭山緑地狭山丘陵に残る緑地
  • 旧日立航空機株式会社変電所空襲の弾痕を残す戦災建造物

花つつじ木けやき東大和市の花・木

東大和市のなりたち

東大和市(ひがしやまとし)は、東京都多摩地域の市です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では大和村でした。

1920年の時点で、この区域の町村は北多摩郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北多摩郡は1970年(昭和45年)11月3日に廃止されました。

11920年の町村の数
2回合併・編入の回数
13km²今の面積
1919年いちばん新しい合併

「東大和市」という名前

「東大和」の「大和」は、1919年に芋窪・蔵敷・奈良橋・高木・狭山・清水の六村が合併した際、村々が大きく和して一つになる願いを込めて選ばれた名前です。大和村は1954年に大和町となりました。1970年の市制施行時には、東京の大和市という意味を込めて「東大和市」と名付けられ、旧村の名前も地域の町名に残っています。

まちの成り立ち

東大和市の北部には狭山丘陵が広がり、多摩湖の周辺では旧石器時代や縄文時代の人々の暮らしを示す遺物が見つかっています。近世には芋窪・蔵敷・奈良橋・高木・清水・宅部・後ヶ谷などの村があり、農業や丘陵の森林を利用する暮らしが営まれました。宅部村と後ヶ谷村は1875年に合併し、狭山村となりました。

1889年の町村制では芋窪・蔵敷・奈良橋・高木・狭山・清水の六村が存続し、1893年には神奈川県から東京府へ移管されました。六村は組合村による行政を経て、1919年11月1日に合併して大和村となりました。東京市による貯水池の建設や、1938年に建設が始まった航空機エンジン工場は、農村の姿を大きく変えました。

1954年5月3日に大和町が生まれ、戦後は都営住宅や団地の建設に伴って人口が増加しました。1970年10月1日の市制施行に際して東大和市と改称しました。北部の多摩湖と狭山丘陵、南部の住宅地や工場の跡地が並び、旧日立航空機株式会社変電所は空襲の痕跡を残す建物として保存されています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、神奈川県北多摩郡に芋窪村・蔵敷村・奈良橋村・高木村・狭山村・清水村が発足した。種類:町村制 出典:www.tokyo-mayors.jp
  2. 1893年4月1日明治26年北多摩郡の芋窪村・蔵敷村・奈良橋村・高木村・狭山村・清水村が神奈川県から東京府へ移管された。種類:県境を越えた編入 出典:www.tokyo-mayors.jp
  3. 1919年11月1日大正8年芋窪村・蔵敷村・奈良橋村・高木村・狭山村・清水村が合併し、大和村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.tokyo-mayors.jp
  4. 1954年5月3日昭和29年大和村が町制を施行し、大和町となった。種類:町制施行 出典:www.city.higashiyamato.lg.jp
  5. 1970年10月1日昭和45年大和町が市制を施行し、東大和市となった。種類:市制施行 出典:www.city.higashiyamato.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

大和村→大和町→東大和市1919〜今

参考にした資料