今の美波町
徳島県の南東部にあり、太平洋に面した町です。海、山、川がそろい、夏には大浜海岸にアカウミガメが産卵に訪れます。四国八十八ヶ所の第23番札所の薬王寺や、断崖の千羽海崖などがあります。アワビやイセエビなどの海産物のほか、促成キュウリなどの農業も行われています。町の木はウバメガシ、花はサクラ、鳥はイワツバメです。
今の美波町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,222人です。今の区域で数えた1980年の11,866人とくらべると47.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は49.4%です。
主な産業:アワビ・イセエビなどの漁業と、促成キュウリなどの農業が中心です。
特産品・名産
- アワビ町の特産品として挙げられる
- イセエビ町の特産品として挙げられる
- 促成キュウリ美波町と海陽町が産地
見どころ・祭り
- 薬王寺四国八十八ヶ所の第23番札所
- 千羽海崖町内の海に面した断崖
- 大浜海岸アカウミガメが産卵に訪れる
- 恵比須浜町内の海岸
木ウバメガシ花サクラ鳥イワツバメ美波町の木・花・鳥
美波町のなりたち
美波町(みなみちょう)は、徳島県南部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。阿部村・三岐田村・赤河内村・日和佐町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の美波町になりました。
今の名前「美波町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は海部郡に属していました。
「美波町」という名前
「美波」の名の由来ははっきりしていません。町は2006年(平成18年)3月31日に、海部郡の由岐町と日和佐町が新設合併して生まれました。由岐町は、1955年(昭和30年)に三岐田町が阿部村を編入して改称した町です。日和佐町は、1956年(昭和31年)に赤河内村が日和佐町を編入して町制を施行し、すぐに「日和佐町」と改称して今に続きます。
まちの成り立ち
美波町は、徳島県の南東部にあり、太平洋に面しています。海と山、川がそろい、夏には大浜海岸にアカウミガメが産卵に訪れます。1889年(明治22年)10月1日の町村制で、海部郡に阿部村、三岐田村、日和佐村、赤河内村が発足しました。日和佐村は1907年(明治40年)に町制を施行して日和佐町、三岐田村は1922年(大正11年)に三岐田町となりました。1955年(昭和30年)2月11日に、三岐田町が阿部村を編入して改称し、由岐町が発足しました。1956年(昭和31年)9月30日には、赤河内村が日和佐町を編入して町制を施行し、すぐに日和佐町と改称しました。2006年(平成18年)3月31日、日和佐町と由岐町が新設合併し、美波町が誕生しました。町には四国八十八ヶ所の第23番札所の薬王寺があります。千羽海崖などの景勝地や、アワビ、サザエ、イセエビなどの海の幸でも知られます。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、海部郡に阿部村・三岐田村・日和佐村・赤河内村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1907年11月1日明治40年海部郡日和佐村が町制を施行して日和佐町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1922年4月17日大正11年海部郡三岐田村が町制を施行して三岐田町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1948年6月1日昭和23年海部郡赤河内村の一部(北河内の一部)が日和佐町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年海部郡阿部村が三岐田町に編入され、三岐田町は同じ日に由岐町に改称した。種類:編入 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年海部郡日和佐町が赤河内村に編入され、赤河内村は町制を施行して赤河内町となり、同じ日に日和佐町に改称した。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2006年3月31日平成18年海部郡の由岐町と日和佐町が合併して美波町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。