今の阿南市
徳島県の南東部にあり、四国で最も東にある市です。東は紀伊水道と太平洋に面し、県内で最も長い那賀川の河口があります。桑野川が市内を流れ、西は四国山地に続きます。橘湾の海やリアス式海岸があり、太龍寺や平等寺など四国八十八ヶ所の札所もあります。発光ダイオードの生産を中心に発展した産業のまちでもあります。
今の阿南市の区域の人口は、2020年の国勢調査で69,470人です。今の区域で数えた1980年の82,715人とくらべると16.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.6%です。
主な産業:発光ダイオード(LED)の生産、製紙、火力発電の工場と、タケノコや早期米などの農林水産業が中心です。
特産品・名産
- タケノコ海岸近くの山地の竹林で作られる、古くからの特産物
- 促成きゅうり市内で栽培される野菜
- 早期米(コシヒカリ)温暖な気候で3月下旬に田植えが始まる
見どころ・祭り
- 太龍寺四国八十八ヶ所の第21番札所
- 平等寺四国八十八ヶ所の第22番札所
- 橘湾「阿波の松島」と呼ばれる湾
- 明谷梅林県南で最も大規模な梅の名所
木ウメ花ヒマワリ鳥ツバメ阿南市の木・花・鳥
阿南市のなりたち
阿南市(あなんし)は、徳島県南部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、15の町村がありました。大野村・中野島村・宝田村・長生村・加茂谷村・見能林村・新野町・椿村・福井村・桑野村・今津浦村・平島村・富岡町・橘町・羽ノ浦町です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の阿南市になりました。
今の名前「阿南市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの15の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の加茂谷村が約50km²だったのに対し、今の阿南市は約271km²と、およそ5.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は那賀郡に属していました。
「阿南市」という名前
「阿南」の名の由来ははっきりしていません。1958年(昭和33年)5月1日に、那賀郡の富岡町と橘町が合併して市制を施行したときに付けられた名です。同じ年の9月に決まった市章は、「あ」と「南」を組み合わせた図案です。もとの富岡の地は、かつて「牛岐」と呼ばれていましたが、縁起のよい「富岡」に改められました。
まちの成り立ち
阿南市は、四国の最も東にあり、紀伊水道と太平洋に面しています。那賀川の河口や桑野川が市内を流れます。1889年(明治22年)10月1日の町村制で、那賀郡に富岡村、橘浦村、新野村、桑野村、椿村、中野島村、宝田村、長生村、大野村、加茂谷村、見能林村、福井村、羽ノ浦村、今津浦村、平島村が発足しました。富岡村は1905年(明治38年)に町制を施行して富岡町、橘浦村は1912年(大正元年)に橘町となっています。1954年(昭和29年)3月31日に富岡町と中野島村・宝田村・長生村、大野村の大部分が合わさって改めて富岡町が発足しました。1955年(昭和30年)には加茂谷村、見能林村、桑野町を編入しています。橘町も同じ年に新野町・椿町・福井村と合わさって改めて発足しました。1958年(昭和33年)5月1日、富岡町と橘町が新設合併して市制を施行し、阿南市が生まれました。羽ノ浦村は1918年(大正7年)に町制を施行して羽ノ浦町となり、今津村(1915年に今津浦村から改称)と平島村は1956年(昭和31年)に合わさって那賀川町となりました。2006年(平成18年)3月20日には、この那賀川町と羽ノ浦町を編入しています。今は発光ダイオード(LED)の生産で発展した「光のまち」と呼ばれ、製紙や火力発電の工場も臨海部にあります。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、那賀郡に富岡村・橘浦村・新野村・桑野村・椿村・中野島村・宝田村・長生村・大野村・加茂谷村・見能林村・福井村・羽ノ浦村・今津浦村・平島村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1905年10月10日明治38年那賀郡富岡村が町制を施行して富岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1912年10月1日大正元年那賀郡橘浦村が町制を施行し、橘町に改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1915年1月1日大正4年那賀郡今津浦村が今津村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1915年11月10日大正4年那賀郡新野村が町制を施行して新野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1918年2月11日大正7年那賀郡羽ノ浦村が町制を施行して羽ノ浦町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1940年2月11日昭和15年那賀郡桑野村が町制を施行して桑野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1940年12月10日昭和15年那賀郡椿村が町制を施行して椿町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年那賀郡大野村の一部(下大野の一部)が羽ノ浦町に編入され、残りの区域と富岡町・中野島村・宝田村・長生村が合併して、改めて富岡町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年那賀郡加茂谷村が富岡町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1955年3月16日昭和30年那賀郡見能林村が富岡町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1955年3月26日昭和30年那賀郡の橘町・新野町・椿町・福井村が合併し、改めて橘町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1955年4月15日昭和30年那賀郡桑野町が富岡町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年那賀郡の今津村と平島村が合併して那賀川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1958年5月1日昭和33年那賀郡の富岡町と橘町が合併し、市制を施行して阿南市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 2006年3月20日平成18年那賀郡の那賀川町と羽ノ浦町が阿南市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。