今の小松島市
徳島県の東部、紀伊水道に面した市です。古くから港のまちとして栄え、源義経が上陸したという伝承や、金長狸の民話で知られます。農業と漁業が行われ、シイタケの栽培が大規模に行われています。ヤマモモは初夏に収穫され、加工品にもされます。市内には四国八十八ヶ所の札所が2つあります。港ではハモやタチウオなどが水揚げされます。
今の小松島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で36,149人です。今の区域で数えた1980年の43,636人とくらべると17.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.1%です。
主な産業:シイタケの栽培、ヤマモモなどの農業、ハモやタチウオなどの漁業、造船・木材関連の工場が中心です。
特産品・名産
- ヤマモモ櫛渕町の農家を中心に栽培される。生産量は県内一
- シイタケ県内の自治体で最も生産量が多い
- 竹ちくわ特産物として挙げられる
見どころ・祭り
- 旗山源義経の騎馬像が建つ
- 弁慶の岩屋源義経にまつわる名所
- 立江寺四国八十八ヶ所の第19番札所
- 恩山寺四国八十八ヶ所の第18番札所
木ヤマモモ花ハナミズキ小松島市の木・花
小松島市のなりたち
小松島市(こまつしまし)は、徳島県東部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。立江町・坂野村・小松島町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の小松島市になりました。
今の名前「小松島市」は、1920年にあった小松島町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の小松島町が約21km²だったのに対し、今の小松島市は約44km²と、およそ2.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は勝浦郡・那賀郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧立江町の区域には立江駅(牟岐線)があります。
「小松島市」という名前
「小松島」の名は、平安時代にあった篠原郷が一時、京都の仁和寺の荘園だったことにちなむと考えられています。仁和寺は京都の小松郷という所にあり、その名から「小松島」の地名が生まれたとされます。1889年(明治22年)の町村制で小松島村が発足し、1907年(明治40年)に町制を施行して小松島町、1951年(昭和26年)に市制を施行して小松島市となりました。
まちの成り立ち
小松島市は、徳島県の東部、紀伊水道に面しています。平安時代には篠原郷、新居郷、余戸郷があり、この一帯が今の市域のもとになりました。1889年(明治22年)10月1日の町村制で、勝浦郡に小松島村が発足し、同じ年に那賀郡にも立江村と坂野村が生まれました。小松島村は1907年(明治40年)10月21日に町制を施行して小松島町となりました。立江村は1908年(明治41年)7月20日に立江町、坂野村は1940年(昭和15年)4月1日に坂野町となっています。1951年(昭和26年)4月1日に小松島町が立江町を編入し、同年6月1日に市制を施行して小松島市となりました。1956年(昭和31年)9月30日には坂野町を編入して、今の市域になりました。源義経が上陸したという伝承や、金長狸の民話でも知られ、江戸時代には藍商人が、明治時代からは四国東部の玄関口として栄えました。農業と漁業も行われ、菌床シイタケの大規模な栽培も行われています。港ではハモやタチウオが水揚げされます。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、勝浦郡に小松島村、那賀郡に立江村・坂野村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1907年10月21日明治40年勝浦郡小松島村が町制を施行して小松島町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1908年7月20日明治41年那賀郡立江村が町制を施行して立江町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1940年4月1日昭和15年那賀郡坂野村が町制を施行して坂野町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年那賀郡立江町が勝浦郡小松島町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1951年6月1日昭和26年勝浦郡小松島町が市制を施行して小松島市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年那賀郡坂野町が小松島市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。