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勝浦町かつうらちょう

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の勝浦町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の勝浦町

徳島県の東部、勝浦川の流域にある盆地の町です。四方を山に囲まれ、山裾にはみかん畑、平野には田園が広がります。みかん栽培が盛んで、阿波みかん発祥の地として知られます。2月にはビッグひな祭りが開かれ、町内で見つかった恐竜化石を生かした取り組みも行われています。町の中央部を勝浦川が西から北へ流れています。

今の勝浦町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,837人です。今の区域で数えた1980年の7,811人とくらべると38.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.0%です。

4,837人人口(2020年)
−38.1%1980年からの増減
69.83km²面積(国土地理院)
69人/km²人口密度
44.0%65歳以上の割合
7,8111980199020052020
15歳未満 9.0%15〜64歳 47.0%65歳以上 44.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:みかん栽培を中心とする農業が盛んです。

特産品・名産

  • みかん町の木。勝浦町は阿波みかん発祥の地として知られる
  • コスモス町の花。勝浦川の河原に咲く
  • ビッグひな祭り2月中頃に開かれる行事

見どころ・祭り

  • 鶴林寺四国八十八ヶ所の第20番札所
  • 立川渓谷町内の渓谷
  • 不動の滝(裏見の滝)町内の滝
  • 勝浦フライトパーク町内の施設

木みかん花コスモス勝浦町の木・花

勝浦町のなりたち

勝浦町(かつうらちょう)は、徳島県東部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。棚野村・生比奈村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の勝浦町になりました。

今の名前「勝浦町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

1920年の時点で、この区域の町村は勝浦郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
70km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「勝浦町」という名前

「勝浦」の名の由来ははっきりしていません。勝浦町は1955年(昭和30年)に横瀬町と生比奈村が合わさってできた町で、勝浦川が町の中央を流れています。横瀬町は、もとは棚野村といい、1926年(大正15年)に町制を施行したときに名を改めたものです。新しい町の名は、郡の名や川の名と同じ「勝浦」です。

まちの成り立ち

勝浦町は、徳島県の東部にあり、勝浦川の流域に開けた盆地の町です。天正13年(1585年)以来、蜂須賀家の領地でした。1889年(明治22年)10月1日の町村制で、勝浦郡に棚野村と生比奈村が発足しました。棚野村は1926年(大正15年)2月11日に町制を施行して横瀬町と名を改めました。1955年(昭和30年)3月1日、横瀬町と生比奈村が新設合併し、勝浦町が生まれました。その後、ほかの町村との合併はなく、町の区域は発足当時のままです。町は「阿波みかん発祥の地」として知られ、山裾にはみかん畑が広がります。町章も町特産のみかんと勝浦川を図案にしたもので、1965年(昭和40年)10月に定められました。1994年に恐竜の歯の化石が見つかってからは、化石の発掘を生かした町おこしも行われています。2月中頃にはビッグひな祭りが開かれ、観光客でにぎわいます。町で最も高い所はろくろ山で、標高は972mです。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、勝浦郡に棚野村と生比奈村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
  2. 1926年2月11日大正15年勝浦郡棚野村が町制を施行し、横瀬町に改称した。種類:町制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
  3. 1955年3月1日昭和30年勝浦郡の横瀬町と生比奈村が合併して勝浦町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.tokushima.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

勝浦町1955〜今
棚野村→横瀬町1889〜1955
生比奈村1889〜1955

参考にした資料