徳島県 › 徳島市

徳島市とくしまし

1920年には16の町村だった区域が、10回の合併・編入を経て、今の徳島市になりました。

16町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の徳島市

徳島県の東部、吉野川の河口の三角州にある県庁所在地です。市内に川が多く、中央にそびえる眉山が市のシンボルになっています。南は四国山地に続く山間部で、スギやヒノキの林が広がります。江戸時代から藍や木材の集散地として栄え、今は商業や工業のほか、近郊農業も行われています。夏には阿波踊りが開かれます。

今の徳島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で252,391人です。今の区域で数えた1980年の249,343人とくらべると1.2%ふえ、人口は1995年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は31.1%です。

252,391人人口(2020年)
+1.2%1980年からの増減
191.51km²面積(国土地理院)
1,318人/km²人口密度
31.1%65歳以上の割合
268,7061980199020052020
15歳未満 11.5%15〜64歳 57.3%65歳以上 31.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業と製造業のほか、関西向けの近郊農業、南部の山間部のスダチやイチゴ作りが行われています。

特産品・名産

  • 阿波和三盆糖江戸時代中期に徳島藩が生産を始めた砂糖
  • 徳島ラーメン郷土料理・B級グルメとして挙げられる
  • 渭東ねぎ沖洲地区で作られ、ブランド化されたネギ

見どころ・祭り

  • 眉山市のシンボル。ロープウェーで山頂へ上れる
  • 徳島中央公園(徳島城跡)旧徳島城表御殿庭園は国の名勝
  • 阿波踊り毎年8月12日から15日に開かれる
  • 吉野川橋1928年完成のトラス橋。日本百名橋

木ホルトノキ花サクラ徳島市の木・花

徳島市のなりたち

徳島市(とくしまし)は、徳島県東部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、16の町村がありました。沖州村・斎津村・加茂名町・八万村・加茂村・勝占村・多家良村・入田村・新居村・北井上村・南井上村・上八万村・川内村・応神村・国府町・徳島市です。これらの町村が、10回の合併や編入を経て、今の徳島市になりました。

今の名前「徳島市」は、1920年にあった徳島市の名前を受け継いでいます。ほかの15の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の徳島市が約11km²だったのに対し、今の徳島市は約187km²と、およそ17.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は勝浦郡・名東郡・名西郡・板野郡に属していました。

161920年の町村の数
10回合併・編入の回数
192km²今の面積
1967年いちばん新しい合併

「徳島市」という名前

「徳島」の名の由来ははっきりしていません。1585年(天正13年)に蜂須賀家政が阿波国に入って徳島城と城下町を築きました。城下には徳島・寺島・福島・住吉島・常三島・出来島・瓢箪島の「阿波の七島」と呼ばれる土地があり、徳島と寺島は城の内側の区域にあたりました。1889年(明治22年)に市制が施行されたときも、徳島の名がそのまま市の名になりました。

まちの成り立ち

徳島市は、吉野川の河口に広がる三角州にあります。1585年(天正13年)に蜂須賀家政が阿波国に入り、徳島城と城下町を築いたことが、今のまちの始まりです。1889年(明治22年)10月1日、名東郡の徳島と、大工島村・安宅村・住吉島村・常三島村・佐古村など城下の村々の区域で市制を施行し、徳島市が生まれました。その後は周りの町村を編入して広がります。1926年(大正15年)に斎津村と沖洲村、1928年(昭和3年)に板野郡川内村の一部を編入し、1937年(昭和12年)には加茂名町と八万村、同じ年の10月に加茂町を編入しました。1951年(昭和26年)には勝浦郡の勝占村と多家良村を編入しました。1955年(昭和30年)には新居町と入田村(矢野を除く)、上八万村、板野郡の川内村を、1966年(昭和41年)に応神村、1967年(昭和42年)に国府町を編入しています。徳島県の県庁所在地であり、藍や木材の集散地として栄えた歴史があります。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年市制の施行により、名東郡の徳島と大工島村・安宅村・住吉島村・前川村・下助任村・常三島村・富田浦・佐古村・南佐古村の区域で徳島市が発足した。種類:市制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
  2. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、名東郡に加茂村・沖洲村・斎津村・八万村・上八万村・国府村・加茂名村・新居村・南井上村・北井上村、名西郡に入田村、勝浦郡に勝占村・多家良村、板野郡に川内村・応神村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1908年7月1日明治41年名東郡国府村が町制を施行して国府町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1915年11月10日大正4年名東郡加茂名村が町制を施行して加茂名町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1926年4月1日大正15年名東郡の斎津村と沖洲村が徳島市に編入された。種類:編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp
  6. 1928年10月1日昭和3年板野郡川内村の一部(向別宮・金沢新田)が徳島市に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp
  7. 1933年4月1日昭和8年名東郡加茂村が町制を施行して加茂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  8. 1937年4月1日昭和12年名東郡の加茂名町と八万村が徳島市に編入された。種類:編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp
  9. 1937年10月1日昭和12年名東郡加茂町が徳島市に編入された。種類:編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp
  10. 1948年4月1日昭和23年名東郡新居村の名田、北井上村の小塚・祖母ヶ島が板野郡藍園村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
  11. 1951年4月1日昭和26年勝浦郡の勝占村と多家良村が徳島市に編入された。種類:編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp
  12. 1952年1月1日昭和27年名東郡新居村が町制を施行して新居町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  13. 1955年1月1日昭和30年名東郡新居町と、名西郡入田村のうち矢野を除く区域が徳島市に編入された。入田村の矢野は名東郡国府町に編入された。種類:編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp
  14. 1955年2月1日昭和30年名東郡の国府町・北井上村・南井上村が合併し、改めて国府町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  15. 1955年2月11日昭和30年名東郡上八万村が徳島市に編入された。種類:編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp
  16. 1955年3月31日昭和30年板野郡川内村が徳島市に編入された。種類:編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp
  17. 1966年10月1日昭和41年板野郡応神村が徳島市に編入された。種類:編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp
  18. 1967年1月1日昭和42年名東郡国府町が徳島市に編入された。種類:編入 出典:www.city.tokushima.tokushima.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

徳島市1889〜今
国府町1908〜1967
北井上村1889〜1955
南井上村1889〜1955
入田村1889〜1955
応神村1889〜1966
川内村1889〜1955
上八万村1889〜1955
新居村1889〜1955
勝占村1889〜1951
多家良村1889〜1951
加茂村1889〜1937
加茂名町1915〜1937
八万村1889〜1937
沖州村1889〜1926
斎津村1889〜1926

参考にした資料