今の板野町
徳島県の北東部、阿讃山脈のふもとにある町です。北は山地で、南は吉野川のデルタ地帯の平野です。山地と平野の境には、活断層の中央構造線断層帯が東西に走っています。米や春にんじん、レンコンなどの農業が盛んで、工場もあります。四国八十八ヶ所の札所が3つあり、あすたむらんど徳島などの公園もあります。
今の板野町の区域の人口は、2020年の国勢調査で13,042人です。今の区域で数えた1980年の13,562人とくらべると3.8%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.7%です。
主な産業:米・春にんじん・レンコンなどの農業と、工場の立地が中心です。
特産品・名産
- 春にんじん全国一のシェアとされる特産品
- レンコン町内で栽培される農産物
- 枝豆町内で栽培される農産物
見どころ・祭り
- あせび温泉2002年開業のアルカリ性硫黄泉の温泉
- 金泉寺四国八十八ヶ所の第3番札所
- 大日寺四国八十八ヶ所の第4番札所
- 地蔵寺四国八十八ヶ所の第5番札所
木アセビ花サクラ板野町の木・花
板野町のなりたち
板野町(いたのちょう)は、徳島県東部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。板西町・松坂村・栄村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の板野町になりました。
今の名前「板野町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の板西町が約20km²だったのに対し、今の板野町は約35km²と、およそ1.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は板野郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧板西町の区域には板西駅(鍛冶屋原線)があります。
「板野町」という名前
「板野」は、古くからこの地域の郡の名として使われてきた名です。板野郡は、中世から江戸時代の初めにかけて板東郡と板西郡に分かれていた時期があり、その後また板野郡にまとめられました。1955年(昭和30年)に板西町・松坂村・栄村が合わさって町になったとき、この郡の名が町の名になりました。
まちの成り立ち
板野町は、北に阿讃山脈、南に吉野川の平野が広がる町です。1889年(明治22年)10月1日の町村制で、板野郡に板西村、栄村、松坂村が発足しました。板西村は1908年(明治41年)7月29日に町制を施行して板西町となりました。1955年(昭和30年)2月11日、板西町・松坂村・栄村の1町2村が新設合併し、板野町が生まれました。その後は、ほかの町村との合併はなく、町の区域は発足当時のままです。町の南北の境目には、活断層の中央構造線断層帯が東西に走っています。農業を基盤とし、米のほかに野菜や果物が作られ、春にんじんは全国一のシェアとされています。町内には四国八十八ヶ所の第3番から第5番までの札所があります。1994年に徳島自動車道が通り、工場や企業の進出も進みました。2002年にはあせび温泉が開き、2022年には道の駅いたのが開業しています。北の阿讃山脈には鉢伏山や高尾山があり、旧吉野川や宮川内谷川などが流れています。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、板野郡に板西村・栄村・松坂村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1908年7月29日明治41年板野郡板西村が町制を施行して板西町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1955年2月11日昭和30年板野郡の板西町・松坂村・栄村が合併して板野町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。