今の磐田市
静岡県西部の天竜川の左岸にある市です。中央には磐田原台地が南北に広がり、台地を縫うように今之浦川が流れます。台地の両側は低地で、遠州灘にも近い市域です。古代には遠江国の国府がおかれ、見付は東海道の宿場町でした。今はヤマハ発動機などの輸送機器工業が盛んで、サッカーのジュビロ磐田の本拠地でもあります。
今の磐田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で166,672人です。今の区域で数えた1980年の140,751人とくらべると18.4%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.0%です。
主な産業:輸送機器・楽器などの製造業と、温室メロン・茶・白ネギなどの農業が盛んです。
特産品・名産
- 磐田のマスクメロン1926年ごろから温室で栽培が始まった
- 白ネギ旧福田町などの主要農産物
- 海老芋合併後の主な農産物に挙げられる
見どころ・祭り
- 旧見付学校1875年完成の擬洋風の木造校舎
- 遠江国分寺跡遠江国の国分寺の跡
- 見付天神裸祭国の重要無形民俗文化財
- 東海道見付宿江戸時代の宿場町の跡
木クスノキ花ツツジ磐田市の木・花
磐田市のなりたち
磐田市(いわたし)は、静岡県西部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、23の町村がありました。見附町・西貝村・中泉町・天竜村・南御厨村・大藤村・向笠村・御厨村・豊浜村・富岡村・井通村・敷地村・野部村・広瀬村・十束村・掛塚町・袖浦村・長野村・池田村・岩田村・田原村・於保村・福島村です。これらの町村が、11回の合併や編入を経て、今の磐田市になりました。
今の名前「磐田市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの23の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の敷地村が約14km²だったのに対し、今の磐田市は約161km²と、およそ11.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は磐田郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、磐田郡は2005年(平成17年)7月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧御厨村の区域には御厨駅(東海道本線)があります。旧敷地村の区域には敷地駅(天竜浜名湖鉄道 天竜浜名湖線)があります。旧野部村の区域には野部駅(天竜浜名湖鉄道 天竜浜名湖線)があります。
「磐田市」という名前
「磐田」の名は、この地をふくむ磐田郡の郡名に由来します。もとの市街は、東海道の宿場町だった見付と、鉄道の駅ができた中泉の二つにありました。1940年(昭和15年)に見付町・中泉町・西貝村・天竜村が合併したとき、郡名をとって磐田町と名づけられ、1948年(昭和23年)の市制施行で磐田市になりました。2005年に周りの町村と合併したときも、磐田市の名が引き継がれています。
まちの成り立ち
磐田は古代に遠江国の国府と国分寺がおかれた地で、見付は江戸時代の東海道の宿場町でした。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、見付町や中泉町をはじめ、豊田郡・山名郡・長上郡の町村ができ、1896年にはそれらが改めて設けられた磐田郡にまとまりました。1940年(昭和15年)11月1日に見付町・中泉町・西貝村・天竜村が合併して磐田町が生まれ、1948年(昭和23年)4月1日に市制を施行して磐田市となりました。昭和の大合併では、1955年1月1日に御厨村・向笠村・大藤村と南御厨村の一部を、4月1日に長野村を、1956年1月1日に岩田村を編入し、田原村と於保村の一部も加えています。市の外でも町村の再編が進み、1955年に福田町(福田町と豊浜村)、豊田村(井通村と富岡村)、竜洋町(掛塚町・十束村・袖浦村)、豊岡村(広瀬村・敷地村・野部村)が生まれました。福田町は1926年に福島村が町制を施行して改称した町で、豊田村は1955年に池田村を加え、1973年に町制を施行して豊田町となりました。2005年(平成17年)4月1日、磐田市・福田町・竜洋町・豊田町・豊岡村の5市町村が合併し、改めて磐田市が発足しました。旧竜洋町は天竜川の河口近くにあり、掛塚の港町を含んでいました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、磐田郡に見付町、豊田郡に中泉町・梅原村・天竜村・長野村・袖浦村・十束村・井通村・池田村・富岡村・岩田村・向笠村・大藤村・広瀬村・敷地村・野部村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、山名郡に西貝村・御厨村・南御厨村・福島村・於保村・豊浜村・田原村、長上郡に掛塚村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡制の施行に向けて磐田郡・山名郡と豊田郡の大部分、長上郡の掛塚村の区域で改めて磐田郡が設けられ、今の市域の町村はすべて磐田郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1896年6月29日明治29年磐田郡掛塚村が町制を施行して掛塚町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1926年10月31日大正15年磐田郡福島村が町制を施行するとともに改称して福田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1929年3月1日昭和4年磐田郡梅原村が中泉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1940年11月1日昭和15年磐田郡の見付町・中泉町・西貝村・天竜村が合併して磐田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1948年4月1日昭和23年磐田郡磐田町が市制を施行して磐田市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年磐田郡の御厨村・向笠村・大藤村が磐田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年磐田郡南御厨村が分割され、東新屋・東脇などが磐田市に、蛭池・南島・小島が福田町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年磐田郡の福田町と豊浜村が合併し、改めて福田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年磐田郡の井通村と富岡村が合併して豊田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年磐田郡長野村が磐田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年磐田郡の掛塚町・十束村・袖浦村が合併して竜洋町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年磐田郡の広瀬村・敷地村・野部村が合併して豊岡村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月15日昭和30年磐田郡池田村と竜洋町の一部(赤池・上本郷・下本郷・仁兵衛新田)が豊田村に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年1月1日昭和31年磐田郡岩田村が磐田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月1日昭和31年磐田郡田原村が分割され、西島・三ヶ野・玉越・明ヶ島と彦島の一部が磐田市に、残りが袋井町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1957年9月1日昭和32年磐田郡於保村が分割され、下大之郷・浜部と大原の一部が磐田市に、残りが福田町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1973年1月1日昭和48年磐田郡豊田村が町制を施行して豊田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2005年4月1日平成17年磐田市と磐田郡の福田町・竜洋町・豊田町・豊岡村が合併し、改めて磐田市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。