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焼津市やいづし

1920年には11の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の焼津市になりました。

11町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の焼津市

静岡県の中部、志太平野の駿河湾沿いにある市です。高草山などの丘陵を境に静岡市と、西は藤枝市と接し、大井川を挟んで吉田町と島田市に向き合います。市内には焼津漁港(焼津港・小川港)と大井川港があり、江戸時代からカツオ漁が盛んでした。今も鰹節やかまぼこなどの水産加工業が盛んです。市内の焼津神社は、5世紀ごろの創立と伝えられています。

今の焼津市の区域の人口は、2020年の国勢調査で136,845人です。今の区域で数えた1980年の124,071人とくらべると10.3%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.0%です。

136,845人人口(2020年)
+10.3%1980年からの増減
70.3km²面積(国土地理院)
1,947人/km²人口密度
30.0%65歳以上の割合
143,2491980199020052020
15歳未満 12.2%15〜64歳 57.8%65歳以上 30.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:カツオ・マグロなどの漁業と鰹節などの水産加工業

特産品・名産

  • 鰹節江戸時代の古文書にも製造の記録が残る
  • 黒はんぺん市の水産加工品のひとつ
  • 鳴門巻き市の水産加工品のひとつ
  • 焼津おでん市の名産のひとつ

見どころ・祭り

  • 花沢の里江戸時代の町並みが残る重要伝統的建造物群保存地区
  • 焼津さかなセンター水産物を扱う市内の観光スポット
  • 大崩海岸静岡市との境にある「東海の親不知」
  • 焼津神社5世紀ごろの創立と伝わる神社。荒まつりで知られる

木松花さつき鳥ユリカモメ焼津市の木・花・鳥

焼津市のなりたち

焼津市(やいづし)は、静岡県中部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。豊田村・西益津村・東益津村・小川村・大富村・和田村・相川村・静浜村・吉永村・広幡村・焼津町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の焼津市になりました。

今の名前「焼津市」は、1920年にあった焼津町の名前を受け継いでいます。ほかの10の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の焼津町が約5km²だったのに対し、今の焼津市は約70km²と、およそ14.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は志太郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、志太郡は2009年(平成21年)1月1日に廃止されました。

111920年の町村の数
4回合併・編入の回数
70km²今の面積
2008年いちばん新しい合併

「焼津市」という名前

焼津の名は、日本武尊(ヤマトタケル)の伝説にちなむと伝えられています。東征の途中で賊に襲われた日本武尊が、草薙剣で葦をなぎ倒して火を放ち、難を逃れたという話です。このとき燃え上がった炎のようすから「焼津」と呼ばれるようになったとされます。

まちの成り立ち

焼津は、駿河湾に面した志太平野の漁業のまちです。江戸時代から焼津の港ではカツオ漁が行われ、1614年(慶長19年)には焼津産の生鰹などを駿府城の徳川家康に献じたと伝わります。

1889年(明治22年)の町村制で、益津郡に焼津村と東益津村が、志太郡に小川村・豊田村・大富村・和田村・相川村・静浜村・吉永村などが発足しました。1896年(明治29年)に益津郡は志太郡にまとめられ、焼津村は1901年(明治34年)6月28日に町制を施行して焼津町となりました。

1951年(昭和26年)3月1日、焼津町が市制を施行して焼津市となりました。1953年(昭和28年)11月1日に豊田村を編入し、1954年(昭和29年)3月31日には藤枝町の一部だった大覚寺上・大覚寺下の地区が加わっています。1955年(昭和30年)1月1日には、1952年に町制を施行していた小川町と、東益津村・大富村・和田村を編入しました。1957年(昭和32年)4月1日には、広幡村のうち越後島の地区が焼津市に入っています。

大井川の河口に近い相川村・静浜村・吉永村は、1955年3月31日に合併して志太郡大井川町となりました。2008年(平成20年)11月1日にこの大井川町を編入し、焼津漁港に大井川港を加えた今の市域になっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、益津郡に焼津村・東益津村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、志太郡に小川村・豊田村・大富村・和田村・相川村・静浜村・吉永村・広幡村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1896年4月1日明治29年郡制の施行に向けて益津郡が志太郡に統合され、焼津村・東益津村は志太郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  4. 1901年6月28日明治34年焼津村が町制を施行して焼津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1951年3月1日昭和26年焼津町が市制を施行して焼津市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  6. 1952年10月1日昭和27年小川村が町制を施行して小川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1953年11月1日昭和28年豊田村が焼津市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 1954年3月31日昭和29年藤枝町のうち大覚寺上・大覚寺下が焼津市に編入された(藤枝町の残りは藤枝市となった)。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  9. 1955年1月1日昭和30年小川町・東益津村・大富村・和田村が焼津市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  10. 1955年3月31日昭和30年相川村・静浜村・吉永村が合併して大井川町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  11. 1957年4月1日昭和32年広幡村が分割され、越後島が焼津市に編入された(残りは藤枝市に編入)。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  12. 2008年11月1日平成20年大井川町が焼津市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

焼津町→焼津市1901〜今
大井川町1955〜2008
相川村1889〜1955
静浜村1889〜1955
吉永村1889〜1955
広幡村1889〜1957
東益津村1889〜1955
小川村1889〜1955
大富村1889〜1955
和田村1889〜1955
西益津村1889〜1954
豊田村1889〜1953

参考にした資料