今の松崎町
伊豆半島の南西部、駿河湾に面した町です。那賀川と岩科川の流域には、伊豆半島の西側では最大とされる平野が開けています。港町として栄え、江戸時代から明治にかけての商家が建てたなまこ壁の町並みが今も残ります。温泉や海水浴場があり、桜の葉の塩漬けの産地としても知られます。「日本で最も美しい村」連合にも加盟しています。
今の松崎町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,038人です。今の区域で数えた1980年の10,013人とくらべると39.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は48.9%です。
主な産業:温泉・海水浴などの観光と、桜葉の塩漬けづくり、漁業が主な産業です。
特産品・名産
- 桜葉の塩漬け桜餅用。全国の約7割が松崎産とされる
- 天草(テングサ)伊豆漁協松崎支所の直売所で扱う海産物
見どころ・祭り
- なまこ壁の町並み松崎の歴史的な商家が並ぶ
- 旧岩科学校1880年竣工の学校校舎。重要文化財
- 伊豆の長八美術館左官の入江長八の鏝絵を展示
- 石部の棚田「日本で最も美しい村」の地域資源
木マツ花ツワブキ松崎町の木・花
松崎町のなりたち
松崎町(まつざきちょう)は、静岡県伊豆地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。中川村・岩科村・松崎町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の松崎町になりました。
今の名前「松崎町」は、1920年にあった松崎町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の松崎町が約5km²だったのに対し、今の松崎町は約84km²と、およそ16.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は賀茂郡に属していました。
「松崎町」という名前
「松崎」という名の由来ははっきりしていません。日本歴史地名大系は、江戸時代の地誌「松崎記」をひいて、中心部はもと鶴崎と呼ばれ、のちに松崎と称したとする説を紹介しています。1889年(明治22年)の町村制で松崎村ができ、1901年(明治34年)に町制を施行して松崎町となりました。1955年に中川村と合併したときも、この名を引き継いでいます。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には那賀郡の中ノ郷村、賀茂郡の松崎村・岩科村の3村ができました。中ノ郷村は池代・大沢・船田・峰輪など那賀川流域の村々をまとめた村で、1891年に中川村と改称し、1896年には郡の統合で賀茂郡に属しています。松崎村は松崎・宮内・伏倉・江奈・桜田の村々からなり、1901年(明治34年)3月15日に町制を施行して松崎町になりました。岩科村は岩科・雲見・石部・岩地・道部をまとめた村で、南西部の海辺の集落を含んでいました。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)3月31日に松崎町と中川村が合併して改めて松崎町が発足し、翌1956年6月1日に岩科村を編入して今の町域がととのいました。平成に入ると、2003年に西伊豆町・賀茂村と合併協議会を設けましたが2004年に解散し、2008年には下田市・河津町・南伊豆町との協議会を設けたものの、2009年に町議会で合併関連の議案が否決されました。松崎町は、旧中川村・旧松崎町・旧岩科村の3つの地区からなる町として続いています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、那賀郡に中ノ郷村、賀茂郡に松崎村・岩科村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年6月11日明治24年那賀郡中ノ郷村が中川村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡制の施行により那賀郡が賀茂郡に合わさり、中川村は賀茂郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1901年3月15日明治34年賀茂郡松崎村が町制を施行して松崎町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年賀茂郡の松崎町と中川村が合併し、改めて松崎町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年6月1日昭和31年賀茂郡岩科村が松崎町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。