今の東近江市
鈴鹿の山々から湖東の平野、琵琶湖岸へ続く市です。愛知川の上流には永源寺や政所茶の里があり、平野には田園と工場が並びます。五個荘の商人屋敷や八日市の大凧、百済寺の歴史など、地域ごとの文化が受け継がれています。奥永源寺の木地師の技や茶づくり、永源寺こんにゃく、地酒も土地を伝える産物です。近江商人の歴史とものづくり、農業や自然を訪ねる観光が重なるまちです。
今の東近江市の区域の人口は、2020年の国勢調査で112,819人です。今の区域で数えた1980年の98,664人とくらべると14.3%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.2%です。
主な産業:製造業と農業がまちを支え、茶・こんにゃく・地酒などの産物や近江商人の歴史を生かす観光があります。
特産品・名産
- 政所茶奥永源寺の山里で受け継がれる茶
- 永源寺こんにゃく永源寺地域の郷土の味
- 地酒市内の酒蔵が醸す日本酒
見どころ・祭り
- 永源寺愛知川の山間にたたずむ禅寺
- 百済寺湖東三山の一つに数えられる古刹
- 五個荘金堂の町並み近江商人の本宅が残る集落
- 東近江大凧会館八日市の大凧文化を伝える
木イロハモミジ花ムラサキ東近江市の木・花
東近江市のなりたち
東近江市(ひがしおうみし)は、滋賀県東近江地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、28の町村がありました。栗見荘村・栗見村・八幡村・五峰村・伊庭村・東小椋村・高野村・山上村・中野村・老蘇村・建部村・御園村・平田村・市辺村・玉緒村・西押立村・東押立村・豊椋村・北五個荘村・南五個荘村・旭村・角井村・西小椋村・桜川村・朝日野村・市原村・八日市町・能登川村です。これらの町村が、12回の合併や編入を経て、今の東近江市になりました。
今の名前「東近江市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの28の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の東小椋村が約77km²だったのに対し、今の東近江市は約384km²と、およそ5.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は愛知郡・神崎郡・蒲生郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、神崎郡は2006年(平成18年)1月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧能登川村の区域には能登川駅(東海道本線)があります。
「東近江市」という名前
市名は、旧国名の近江と、その東部にある地域の位置を合わせたものです。合併時には新市の名前を公募し、名称検討小委員会が選んだ五つの候補から、合併協議会の投票で東近江市に決まりました。地理的に分かりやすいこと、近江の歴史を表し、東近江の地域名としても知られていたことが理由とされます。2005年の一市四町の合併で、この名を市名として用いました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日、蒲生郡に平田・市辺・玉緒・中野・市原・桜川・朝日野・老蘇の各村、神崎郡に八日市町と御園・建部・山上・東五個荘・南五個荘・北五個荘・八条・八幡・栗見の各村、愛知郡に東小椋・西小椋・角井・東押立・西押立・豊椋の各村が発足しました。老蘇村は後の清水鼻区域が関係します。東五個荘村は1890年に旭村へ改称しました。1892年に東小椋村が東小倉村・高野村へ分かれ、1894年に八条村が能登川村・伊庭村・五峰村へ分かれました。1897年に栗見村の新宮・乙女浜が栗見荘村として分立し、1927年に八幡村へ編入されました。
1942年2月11日、能登川・伊庭・五峰・八幡・栗見の五村から能登川町が発足しました。1943年4月1日、東小倉村・高野村・山上村から永源寺村が生まれました。1954年3月21日、八日市町と中野村が合併し、8月15日に平田・市辺・玉緒・御園・建部の五村との合併で八日市市が成立しました。11月3日には東押立・西押立・豊椋から湖東町が生まれました。
1955年1月1日、旭・南五個荘・北五個荘の三村と安土町清水鼻から五個荘町が発足しました。2月11日に西小椋村・角井村から愛東村、4月1日に永源寺村・市原村から永源寺町、桜川村・朝日野村から蒲生町が生まれました。愛東村は1971年2月11日に町となりました。2005年2月11日、八日市市・永源寺町・五個荘町・愛東町・湖東町が新設合併して東近江市が発足し、2006年1月1日に蒲生町・能登川町を編入しました。
年表
- 1889年4月1日明治22年蒲生郡平田村・市辺村・玉緒村・中野村・市原村・桜川村・朝日野村・老蘇村(後の清水鼻区域を含む)、神崎郡八日市町・御園村・建部村・山上村・東五個荘村・南五個荘村・北五個荘村・八条村・八幡村・栗見村、愛知郡東小椋村・西小椋村・角井村・東押立村・西押立村・豊椋村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1890年3月15日明治23年神崎郡東五個荘村を旭村に改称した。種類:改称 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1892年10月5日明治25年愛知郡東小椋村から東小倉村・高野村が成立した。種類:分割 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1894年6月5日明治27年神崎郡八条村から能登川村(能登川・北須田・南須田)、伊庭村、五峰村(佐生・佐野・山路・林)が成立した。種類:分割 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1897年8月15日明治30年神崎郡栗見村の新宮・乙女浜から栗見荘村が分立した。種類:分割 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1927年11月8日昭和2年神崎郡栗見荘村を八幡村へ編入した。種類:編入 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1942年2月11日昭和17年神崎郡能登川村・伊庭村・五峰村・八幡村・栗見村が新設合併し、能登川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1943年4月1日昭和18年愛知郡東小倉村・高野村と神崎郡山上村が新設合併し、神崎郡永源寺村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1954年3月21日昭和29年神崎郡八日市町と蒲生郡中野村が新設合併し、新たな八日市町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1954年8月15日昭和29年神崎郡八日市町・御園村・建部村、蒲生郡平田村・市辺村・玉緒村が新設合併し、八日市市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1954年11月3日昭和29年愛知郡東押立村・西押立村・豊椋村が新設合併し、湖東町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1955年1月1日昭和30年神崎郡旭村・南五個荘村・北五個荘村と蒲生郡安土町の大字清水鼻が新設合併し、五個荘町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1955年2月11日昭和30年愛知郡西小椋村・角井村が新設合併し、愛東村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年神崎郡永源寺村と蒲生郡市原村が新設合併し、神崎郡永源寺町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年蒲生郡桜川村・朝日野村が新設合併し、蒲生町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1971年2月11日昭和46年愛知郡愛東村が町制を施行し、愛東町が成立した。種類:町制施行 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 2005年2月11日平成17年八日市市、神崎郡永源寺町・五個荘町、愛知郡愛東町・湖東町が新設合併し、東近江市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 2006年1月1日平成18年蒲生郡蒲生町と神崎郡能登川町を東近江市へ編入した。種類:編入 出典:www.pref.shiga.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.pref.shiga.lg.jp/documents/7738/19212.pdf
- www.city.higashiomi.shiga.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/004/011/ho
- www.toshi.or.jp/app-def/wp/wp-content/uploads/2013/09/higashioumi050707.pdf
- www.city.higashiomi.shiga.jp/bunka_sports_shougaigakushu/kankou/oumishounin/1003
- www.city.higashiomi.shiga.jp/kids/shigashiomittedonnamachi/1006849.html
- www.city.higashiomi.shiga.jp/shisetsu/1004276/1004280.html
- www.city.higashiomi.shiga.jp/shiseijouhou/higashiomichinoshoukai/1004015.html