今の近江八幡市
琵琶湖の東岸に位置し、八幡商人の町並みと安土城の歴史を受け継ぐ市です。八幡堀沿いには古い商家が残り、西の湖の周辺にはヨシ原の水郷景観が広がっています。琵琶湖の沖島には漁業の暮らしが続き、湖魚料理やふなずしが親しまれています。近江牛やモロコも土地の味として受け継がれ、城下町や水辺を訪れる観光と、農業・漁業が地域の暮らしを支えています。
今の近江八幡市の区域の人口は、2020年の国勢調査で81,122人です。今の区域で数えた1980年の70,772人とくらべると14.6%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.0%です。
主な産業:城下町や水郷の観光が盛んで、稲作、近江牛、琵琶湖の漁業や湖魚の加工も営まれます。
特産品・名産
- 近江牛地域を代表する牛肉の特産品
- ふなずしニゴロブナを飯で発酵させる湖魚料理
- モロコ焼き物などで味わう琵琶湖の魚
見どころ・祭り
- 八幡堀と商家の町並み水運と八幡商人の歴史を伝える
- 安土城跡織田信長の居城跡に石垣が残る
- 沖島琵琶湖に浮かぶ漁業の島
- 西の湖の水郷ヨシ原が広がる水辺の景観
木サクラ花ムシャリンドウ・コスモス鳥ヨシキリ近江八幡市の木・花・鳥
近江八幡市のなりたち
近江八幡市(おうみはちまんし)は、滋賀県東近江地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。宇津呂村・島村・岡山村・金田村・八幡町・桐原村・馬淵村・老蘇村・北里村・武佐村・安土村です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の近江八幡市になりました。
今の名前「近江八幡市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの11の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の島村が約19km²だったのに対し、今の近江八幡市は約175km²と、およそ9.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は蒲生郡・野洲郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、野洲郡は2004年(平成16年)10月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧安土村の区域には安土駅(東海道本線)があります。
「近江八幡市」という名前
「八幡」の地名は、八幡山のふもとの日牟禮八幡宮に由来するとされます。豊臣秀次が築いた八幡山城や、全国で商いをした八幡商人の名にも使われました。「近江八幡」は1954年の市の発足以前から駅や官公署の名称に使われており、近江商人のまちの名として広く親しまれていました。合併協議でも近江八幡市の名が選ばれました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日、蒲生郡に八幡町・宇津呂村・島村・岡山村・金田村・馬淵村・桐原村・武佐村・安土村・老蘇村、野洲郡に北里村が発足しました。八幡町は1933年3月3日に宇津呂村、1951年4月1日に島村を編入しました。
1954年(昭和29年)3月31日、八幡町・岡山村・金田村・馬淵村・桐原村が新設合併し、近江八幡市が発足しました。翌4月1日には、安土村と老蘇村が合併して安土町となりました。1955年1月1日、安土町の清水鼻は神崎郡五個荘町へ移りました。近江八幡市は同年3月3日に北里村、1958年2月1日に武佐村を編入しました。
八幡は、豊臣秀次が八幡山城を築いた後、楽市楽座の城下町として育ちました。城が廃された後も八幡商人が全国へ出向き、江戸などに店を構えました。八幡堀や商家の町並みは、湖上交通と商いで栄えた時代を伝えています。安土には、織田信長が築いた安土城の石垣などが残っています。
2010年(平成22年)3月21日、旧近江八幡市と安土町が新設合併し、新しい近江八幡市が発足しました。八幡と安土の歴史、琵琶湖の沖島、西の湖の水郷や田園を合わせ持つ市となっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、蒲生郡に八幡町・宇津呂村・島村・岡山村・金田村・馬淵村・桐原村・武佐村・安土村・老蘇村、野洲郡に北里村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1933年3月3日昭和8年蒲生郡宇津呂村を八幡町に編入した。種類:編入 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年蒲生郡島村を八幡町に編入した。種類:編入 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1954年3月31日昭和29年蒲生郡八幡町・岡山村・金田村・馬淵村・桐原村が合併し、近江八幡市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年蒲生郡安土村と老蘇村が合併し、安土町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1955年1月1日昭和30年蒲生郡安土町の清水鼻を神崎郡五個荘町に編入した。種類:一部編入 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1955年3月3日昭和30年野洲郡北里村を近江八幡市に編入した。種類:編入 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 1958年2月1日昭和33年蒲生郡武佐村を近江八幡市に編入した。種類:編入 出典:www.pref.shiga.lg.jp
- 2010年3月21日平成22年近江八幡市と蒲生郡安土町が合併し、新しい近江八幡市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.pref.shiga.lg.jp/documents/7738/19212.pdf
- www.city.omihachiman.lg.jp/material/files/group/105/P15-48dai1-4syou.pdf
- www.city.omihachiman.lg.jp/soshiki/somu/syoukai/1758.html
- www.city.omihachiman.lg.jp/soshiki/kanko_seisaku/kankou/syoukai/849.html
- www.city.omihachiman.lg.jp/soshiki/kanko_seisaku/kankou/syoukai/785.html
- www.city.omihachiman.lg.jp/material/files/group/190/megurin-ura.pdf
- www.city.omihachiman.lg.jp/material/files/group/106/202506allmihiraki.pdf