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野洲市やすし

1920年には7の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の野洲市になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の野洲市

滋賀県の南西部、野洲川と琵琶湖に接する市です。「近江富士」と呼ばれる三上山がまちの風景を特徴づけています。豊かな水を生かした田園が広がり、春菊やメロンも栽培されています。大型の銅鐸が出土した土地で、国宝の本殿を持つ御上神社や大笹原神社などの文化財が残ります。中心部には住宅地が広がり、交通の利便性を背景に先端技術分野の企業も立地しています。

今の野洲市の区域の人口は、2020年の国勢調査で50,513人です。今の区域で数えた1980年の38,144人とくらべると32.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は26.4%です。

50,513人人口(2020年)
+32.4%1980年からの増減
80.15km²面積(国土地理院)
630人/km²人口密度
26.4%65歳以上の割合
50,5131980199020052020
15歳未満 14.3%15〜64歳 59.3%65歳以上 26.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米づくりや春菊・メロンの栽培が盛んで、先端技術分野を中心とする製造業も集まります。

特産品・名産

  • 近江米豊かな水と平地を生かして育てる米
  • しゅんぎく娘市の特産品として育てられる春菊
  • みかちゃんメロン市でブランド化されたメロン

見どころ・祭り

  • 三上山近江富士と呼ばれるまちの象徴
  • 御上神社鎌倉時代の国宝本殿を持つ神社
  • 大笹原神社室町時代の国宝本殿を持つ神社
  • 兵主神社庭園国指定名勝の庭園

木サクラ花アヤメ鳥イソヒヨドリ野洲市の木・花・鳥

野洲市のなりたち

野洲市(やすし)は、滋賀県南部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。三上村・兵主村・中里村・篠原村・祇王村・中洲村・野洲町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の野洲市になりました。

今の名前「野洲市」は、1920年にあった野洲町の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の野洲町が約7km²だったのに対し、今の野洲市は約79km²と、およそ10.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は野洲郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、野洲郡は2004年(平成16年)10月1日に廃止されました。

71920年の町村の数
5回合併・編入の回数
80km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「野洲市」という名前

市名は、合併前の野洲町にも使われていた「野洲」の名を受け継いでいます。2004年に野洲郡の野洲町と中主町が合併し、野洲市が発足しました。二つの町は野洲川や琵琶湖に近い平野を共有し、古くから野洲郡に属していました。「野洲」という地名そのものが最初に生まれた理由は、はっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制施行で、野洲郡に野洲村・三上村・義王村・篠原村・兵主村・中里村・中洲村が発足しました。義王村は1894年8月22日に祇王村と改称し、野洲村は1911年10月17日に町制を施行して野洲町となりました。

1942年(昭和17年)5月20日、野洲町と三上村が新設合併し、新しい野洲町が発足しました。昭和の大合併では、1955年4月1日に兵主村と中里村が合併して中主町が生まれました。同じ日、野洲町・祇王村・篠原村が新設合併し、再び新しい野洲町が発足しました。

1957年3月1日には、中洲村の吉川・菖蒲・喜合を中主町に編入しました。中洲村の残る地域は守山町に入りました。野洲町は三上山のふもとから市街地へ、中主町は琵琶湖岸の田園へと広がる町として歩みました。

2004年(平成16年)10月1日、野洲町と中主町が新設合併して野洲市が誕生し、野洲郡は廃止されました。豊かな水と平地を生かす稲作を続けながら、鉄道などの交通の利便性を背景に、先端技術分野の企業立地や住宅地の整備が進んでいます。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、野洲郡に野洲村・三上村・義王村・篠原村・兵主村・中里村・中洲村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.shiga.lg.jp
  2. 1894年8月22日明治27年野洲郡義王村が祇王村と改称した。種類:改称 出典:www.pref.shiga.lg.jp
  3. 1911年10月17日明治44年野洲郡野洲村が町制を施行し、野洲町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shiga.lg.jp
  4. 1942年5月20日昭和17年野洲郡野洲町と三上村が合併し、新しい野洲町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
  5. 1955年4月1日昭和30年野洲郡兵主村と中里村が合併し、中主町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
  6. 1955年4月1日昭和30年野洲郡野洲町・祇王村・篠原村が合併し、新しい野洲町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp
  7. 1957年3月1日昭和32年野洲郡中洲村の吉川・菖蒲・喜合を中主町に編入し、残る新庄・服部・立田・幸津川・小浜を守山町に編入した。種類:編入 出典:www.pref.shiga.lg.jp
  8. 2004年10月1日平成16年野洲郡野洲町と中主町が合併し、野洲市が発足した。野洲郡は廃止された。種類:新設合併 出典:www.pref.shiga.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

野洲町→野洲市1911〜今
中主町1955〜2004
中洲村1889〜1957
兵主村1889〜1955
中里村1889〜1955
篠原村1889〜1955
祇王村1894〜1955
三上村1889〜1942

参考にした資料