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宇佐市うさし

1920年には27の町村だった区域が、11回の合併・編入を経て、今の宇佐市になりました。

27町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の宇佐市

今の宇佐市の区域の人口は、2020年の国勢調査で52,771人です。今の区域で数えた1980年の67,811人とくらべると22.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.9%です。

52,771人人口(2020年)
−22.2%1980年からの増減
438.99km²面積(国土地理院)
120人/km²人口密度
36.9%65歳以上の割合
67,9601980199020052020
15歳未満 11.8%15〜64歳 51.4%65歳以上 36.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

宇佐市のなりたち

宇佐市(うさし)は、大分県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、27の町村がありました。龍王村・明治村・西馬城村・高家村・八幡村・天津村・糸口村・長峰村・横山村・麻生村・駅館村・豊川村・佐田村・津房村・両川村・高並村・東院内村・南院内村・和間村・封戸村・北馬城村・柳ヶ浦村・長洲町・四日市町・安心院村・院内村・宇佐町です。これらの町村が、11回の合併や編入を経て、今の宇佐市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1938年(昭和13年)10月1日に安心院村が町になり、安心院町となりました(町制施行)。1940年(昭和15年)7月1日に柳ヶ浦村が町になり、柳ケ浦町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1951年(昭和26年)4月1日に龍王村・明治村が合わさって、安心院町が生まれました。1953年ごろに柳ケ浦町が、長洲町と一つになりました。1954年(昭和29年)3月31日に西馬城村の一部が、安心院町に入りました。1954年(昭和29年)3月31日に駅館村・豊川村・西馬城村が合わさって、駅川町が生まれました。1954年(昭和29年)3月31日に高家村・八幡村・天津村・糸口村・長峰村・横山村・麻生村が合わさって、四日市町が生まれました。1955年(昭和30年)1月1日に佐田村・津房村が合わさって、安心院町が生まれました。1955年(昭和30年)1月1日に両川村・高並村・東院内村・南院内村が合わさって、院内村が生まれました。1955年(昭和30年)3月31日に封戸村・北馬城村が合わさって、宇佐町が生まれました。1955年(昭和30年)3月31日に和間村が合わさって、長洲町が生まれました。1960年(昭和35年)10月1日に院内村が町になり、院内町となりました(町制施行)。この時期だけで10回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

その後、1967年(昭和42年)4月1日に長洲町・四日市町・駅川町が合わさって、宇佐市が生まれました。1967年(昭和42年)4月1日に宇佐町が市になり、宇佐市となりました(市制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)3月31日に安心院町・院内町が合わさって、宇佐市が生まれました。

今の名前「宇佐市」は、1920年にあった宇佐町の名前を受け継いでいます。ほかの26の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の宇佐町が約11km²だったのに対し、今の宇佐市は約426km²と、およそ38.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は宇佐郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、宇佐郡は2005年(平成17年)3月31日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧天津村の区域には天津駅(日豊本線)があります。旧柳ヶ浦村の区域には柳ヶ浦駅(日豊本線)があります。

271920年の町村の数
11回合併・編入の回数
439km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1938年10月1日昭和13年安心院村が町になり、安心院町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1940年7月1日昭和15年柳ヶ浦村が町になり、柳ケ浦町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1951年4月1日昭和26年龍王村・明治村が合わさって、安心院町が生まれた出典:wiki
  4. 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ柳ケ浦町が、長洲町と一つになった
  5. 1954年3月31日昭和29年西馬城村の一部が、安心院町に入った出典:wiki
  6. 1954年3月31日昭和29年駅館村・豊川村・西馬城村が合わさって、駅川町が生まれた出典:wiki
  7. 1954年3月31日昭和29年高家村・八幡村・天津村・糸口村・長峰村・横山村・麻生村が合わさって、四日市町が生まれた出典:wiki
  8. 1955年1月1日昭和30年佐田村・津房村が合わさって、安心院町が生まれた出典:wiki
  9. 1955年1月1日昭和30年両川村・高並村・東院内村・南院内村が合わさって、院内村が生まれた出典:wiki
  10. 1955年3月31日昭和30年封戸村・北馬城村が合わさって、宇佐町が生まれた出典:wiki
  11. 1955年3月31日昭和30年和間村が合わさって、長洲町が生まれた出典:wiki
  12. 1960年10月1日昭和35年院内村が町になり、院内町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  13. 1967年4月1日昭和42年長洲町・四日市町・駅川町が合わさって、宇佐市が生まれた出典:wiki
  14. 1967年4月1日昭和42年宇佐町が市になり、宇佐市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  15. 2005年3月31日平成17年安心院町・院内町が合わさって、宇佐市が生まれたe-Stat「宇佐市(44211)、院内町(44521)、安心院町(44522)が合併し、宇佐市を新設 宇佐郡(44520)の廃止」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

宇佐町→宇佐市1889〜今
安心院村→安心院町1889〜2005
佐田村1889〜1955
津房村1889〜1955
西馬城村1889〜1954
龍王村1889〜1951
明治村1889〜1951
院内村→院内町1889〜2005
両川村1889〜1955
高並村1889〜1955
東院内村1889〜1955
南院内村1889〜1955
長洲町1891〜1967
柳ヶ浦村→柳ケ浦町1889〜1955同じ名前の駅:柳ヶ浦駅
和間村1889〜1955
四日市町1891〜1967
高家村1889〜1954
八幡村1889〜1954
天津村1889〜1954同じ名前の駅:天津駅
糸口村1889〜1954
長峰村1889〜1954
横山村1889〜1954
麻生村1889〜1954
駅川町1954〜1967
駅館村1889〜1954
豊川村1889〜1954
封戸村1889〜1955
北馬城村1889〜1955