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中津市なかつし

1920年には26の町村だった区域が、14回の合併・編入を経て、今の中津市になりました。

26町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の中津市

今の中津市の区域の人口は、2020年の国勢調査で82,863人です。今の区域で数えた1980年の80,975人とくらべると2.3%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.7%です。

82,863人人口(2020年)
+2.3%1980年からの増減
491.38km²面積(国土地理院)
169人/km²人口密度
30.7%65歳以上の割合
84,3681980199020052020
15歳未満 13.5%15〜64歳 55.8%65歳以上 30.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

中津市のなりたち

中津市(なかつし)は、大分県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、26の町村がありました。大江村・豊田村・小楠村・櫻州村・尾紀村・如水村・鶴居村・大幡村・津民村・下郷村・山移村・槻木村・三郷村・溝部村・東城井村・上津村・三保村・柿山村・東谷村・西谷村・真坂村・山口村・深秣村・和田村・城井村・中津町です。これらの町村が、14回の合併や編入を経て、今の中津市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1925年(大正14年)4月1日に大江村・豊田村が、中津町に入りました(編入)。1925年(大正14年)9月1日に城井村が、名前を耶馬溪村に変えました。1926年(大正15年)2月11日に東城井村が、名前を東耶馬溪村に変えました。1928年(昭和3年)4月1日に柿山村が、名前を深耶馬溪村に変えました。1929年(昭和4年)4月1日に小楠村が、中津町に入りました(編入)。1929年(昭和4年)4月20日に中津町が市になり、中津市となりました(市制施行)。1933年(昭和8年)4月1日に櫻州村・尾紀村が合わさって、今津町が生まれました。1943年(昭和18年)8月8日に如水村・鶴居村・大幡村が、中津市に入りました(編入)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1951年(昭和26年)4月1日に三保村が、中津市に入りました(編入)。1951年(昭和26年)4月1日に津民村・下郷村・山移村が合わさって、耶馬渓町が生まれました。1951年(昭和26年)4月1日に槻木村・三郷村・溝部村が合わさって、山国町が生まれました。1951年(昭和26年)4月1日に東耶馬溪村・上津村が合わさって、本耶馬渓町が生まれました。1954年(昭和29年)3月31日に深耶馬溪村が、耶馬渓町に入りました(編入)。1954年(昭和29年)3月31日に東谷村・西谷村が、本耶馬渓町に入りました(編入)。1954年(昭和29年)3月31日に真坂村・山口村・深秣村が合わさって、三光村が生まれました。1954年(昭和29年)10月1日に和田村が、中津市に入りました(編入)。1955年(昭和30年)2月1日に今津町が、中津市に入りました(編入)。1958年ごろに山国村が町になり、山国町となりました(町制施行)。1958年ごろに本耶馬溪村が町になり、本耶馬溪町となりました(町制施行)。この時期だけで11回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

その後、1963年ごろに耶馬溪村が町になり、耶馬溪町となりました(町制施行)。1990年ごろに耶馬溪町が、名前を耶馬渓町に変えました。1990年ごろに本耶馬溪町が、名前を本耶馬渓町に変えました。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)3月1日に耶馬渓町・山国町・本耶馬渓町・三光村が、中津市に入りました(編入)。

今の名前「中津市」は、1920年にあった中津町の名前を受け継いでいます。ほかの25の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は下毛郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、下毛郡は2005年(平成17年)3月1日に廃止されました。

261920年の町村の数
14回合併・編入の回数
491km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1925年4月1日大正14年大江村・豊田村が、中津町に入った(編入)出典:wiki
  2. 1925年9月1日大正14年城井村が、名前を耶馬溪村に変えた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1926年2月11日大正15年東城井村が、名前を東耶馬溪村に変えた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  4. 1928年4月1日昭和3年柿山村が、名前を深耶馬溪村に変えた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  5. 1929年4月1日昭和4年小楠村が、中津町に入った(編入)出典:wiki
  6. 1929年4月20日昭和4年中津町が市になり、中津市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  7. 1933年4月1日昭和8年櫻州村・尾紀村が合わさって、今津町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日・wiki
  8. 1943年8月8日昭和18年如水村・鶴居村・大幡村が、中津市に入った(編入)出典:wiki
  9. 1951年4月1日昭和26年三保村が、中津市に入った(編入)出典:wiki
  10. 1951年4月1日昭和26年津民村・下郷村・山移村が合わさって、耶馬渓町が生まれた出典:wiki
  11. 1951年4月1日昭和26年槻木村・三郷村・溝部村が合わさって、山国町が生まれた出典:wiki
  12. 1951年4月1日昭和26年東耶馬溪村・上津村が合わさって、本耶馬渓町が生まれた出典:同じ合併に加わった町村の日付から・wiki
  13. 1954年3月31日昭和29年深耶馬溪村が、耶馬渓町に入った(編入)出典:wiki
  14. 1954年3月31日昭和29年東谷村・西谷村が、本耶馬渓町に入った(編入)出典:wiki
  15. 1954年3月31日昭和29年真坂村・山口村・深秣村が合わさって、三光村が生まれた出典:wiki
  16. 1954年10月1日昭和29年和田村が、中津市に入った(編入)出典:wiki
  17. 1955年2月1日昭和30年今津町が、中津市に入った(編入)出典:wiki
  18. 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ山国村が町になり、山国町となった(町制施行)
  19. 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ本耶馬溪村が町になり、本耶馬溪町となった(町制施行)
  20. 1963年ごろ1960〜1965年のあいだ耶馬溪村が町になり、耶馬溪町となった(町制施行)
  21. 1990年ごろ1985〜1995年のあいだ耶馬溪町が、名前を耶馬渓町に変えた
  22. 1990年ごろ1985〜1995年のあいだ本耶馬溪町が、名前を本耶馬渓町に変えた
  23. 2005年3月1日平成17年耶馬渓町・山国町・本耶馬渓町・三光村が、中津市に入った(編入)e-Stat「三光村(44501)、本耶馬溪町(44502)、耶馬渓町(44503)、山国町(44504)が中津市(44203)に編入 下毛郡(44500)の廃止」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

中津町→中津市1889〜今
城井村→耶馬溪村→耶馬溪町→耶馬渓町1889〜2005
柿山村→深耶馬溪村1889〜1954
津民村1889〜1951
下郷村1889〜1951
山移村1889〜1951
山国村→山国町1951〜2005
槻木村1889〜1951
三郷村1889〜1951
溝部村1889〜1951
本耶馬溪村→本耶馬溪町→本耶馬渓町1951〜2005
東谷村1889〜1954
西谷村1889〜1954
東城井村→東耶馬溪村1889〜1951
上津村1889〜1951
三光村1954〜2005
真坂村1889〜1954
山口村1889〜1954
深秣村1889〜1954
今津町1933〜1955同じ名前の駅:今津駅
櫻州村1889〜1933
尾紀村1889〜1933
和田村1889〜1954
三保村1889〜1951
如水村1889〜1943
鶴居村1889〜1943
大幡村1889〜1943
小楠村1889〜1929
大江村1889〜1925
豊田村1889〜1925