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日出町ひじまち

1920年には6の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の日出町になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の日出町

今の日出町の区域の人口は、2020年の国勢調査で27,723人です。今の区域で数えた1980年の21,464人とくらべると29.2%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.9%です。

27,723人人口(2020年)
+29.2%1980年からの増減
73.26km²面積(国土地理院)
378人/km²人口密度
30.9%65歳以上の割合
28,2211980199020052020
15歳未満 13.8%15〜64歳 55.2%65歳以上 30.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

日出町のなりたち

日出町(ひじまち)は、大分県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。藤原村・大神村・豊岡町・川崎村・南端村・日出町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の日出町になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)3月31日に藤原村・大神村・豊岡町・川崎村が合わさって、日出町が生まれました。1956年(昭和31年)4月1日に南端村の一部が、日出町に入りました。

今の名前「日出町」は、1920年にあった日出町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の日出町が約4km²だったのに対し、今の日出町は約71km²と、およそ19.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は速見郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大神村の区域には大神駅(日豊本線)があります。

61920年の町村の数
2回合併・編入の回数
73km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

年表

  1. 1954年3月31日昭和29年藤原村・大神村・豊岡町・川崎村が合わさって、日出町が生まれた出典:wiki
  2. 1956年4月1日昭和31年南端村の一部が、日出町に入った出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

日出町1889〜今
南端村1889〜1956
藤原村1889〜1954
大神村1889〜1954同じ名前の駅:大神駅
豊岡町1898〜1954
川崎村1889〜1954