今の大分市
今の大分市の区域の人口は、2020年の国勢調査で475,614人です。今の区域で数えた1980年の385,635人とくらべると23.3%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.9%です。
大分市のなりたち
大分市(おおいたし)は、大分県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、30の町村がありました。別保村・東大分村・八幡村・瀧尾村・小佐井村・丹生村・三佐村・日岡村・桃園村・明治村・川添村・高田村・松岡村・判田村・戸次村・竹中村・吉野村・石城川村・神崎村・一尺屋村・賀来村・稙田村・東稙田村・今市村・大在村・鶴崎町・坂ノ市町・佐賀関町・野津原村・大分市です。これらの町村が、15回の合併や編入を経て、今の大分市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1921年(大正10年)10月1日に戸次村が町になり、戸次町となりました(町制施行)。1938年(昭和13年)4月1日に別保村が、鶴崎町に入りました(編入)。1939年(昭和14年)8月15日に東大分村・八幡村・瀧尾村が、大分市に入りました(編入)。1941年(昭和16年)11月3日に小佐井村・丹生村が合わさって、坂ノ市町が生まれました。1943年(昭和18年)4月1日に三佐村が、鶴崎町に入りました(編入)。1943年(昭和18年)11月11日に日岡村が、大分市に入りました(編入)。1944年(昭和19年)2月11日に桃園村が、鶴崎町に入りました(編入)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)3月31日に明治村の一部が、大分市に入りました。1954年(昭和29年)3月31日に明治村・川添村・高田村・松岡村が合わさって、鶴崎市が生まれました。1954年(昭和29年)3月31日に判田村・戸次町・竹中村・吉野村が合わさって、大南町が生まれました。1954年(昭和29年)3月31日に鶴崎町が市になり、鶴崎市となりました(市制施行)。1954年(昭和29年)10月1日に石城川村の一部が、大分市に入りました。1955年(昭和30年)1月1日に神崎村・一尺屋村が合わさって、佐賀関町が生まれました。1955年(昭和30年)2月1日に賀来村・稙田村・東稙田村が合わさって、大分町が生まれました。1955年(昭和30年)3月31日に今市村が合わさって、野津原村が生まれました。1958年ごろに大分村が町になり、大分町となりました(町制施行)。1959年(昭和34年)2月1日に野津原村が町になり、野津原町となりました(町制施行)。この時期だけで10回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1963年(昭和38年)3月10日に大在村・鶴崎市・坂ノ市町・大南町・大分町が合わさって、大分市が生まれました。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)1月1日に佐賀関町・野津原町が、大分市に入りました(編入)。
今の名前「大分市」は、1920年にあった大分市の名前を受け継いでいます。ほかの29の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の大分市が約22km²だったのに対し、今の大分市は約486km²と、およそ22.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北海部郡・大分郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北海部郡は2005年(平成17年)1月1日に廃止されました、大分郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。
年表
- 1921年10月1日大正10年戸次村が町になり、戸次町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1938年4月1日昭和13年別保村が、鶴崎町に入った(編入)出典:wiki
- 1939年8月15日昭和14年東大分村・八幡村・瀧尾村が、大分市に入った(編入)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日・wiki
- 1941年11月3日昭和16年小佐井村・丹生村が合わさって、坂ノ市町が生まれた出典:wiki
- 1943年4月1日昭和18年三佐村が、鶴崎町に入った(編入)出典:wiki
- 1943年11月11日昭和18年日岡村が、大分市に入った(編入)出典:wiki
- 1944年2月11日昭和19年桃園村が、鶴崎町に入った(編入)出典:wiki
- 1954年3月31日昭和29年明治村の一部が、大分市に入った出典:wiki
- 1954年3月31日昭和29年明治村・川添村・高田村・松岡村が合わさって、鶴崎市が生まれた出典:wiki
- 1954年3月31日昭和29年判田村・戸次町・竹中村・吉野村が合わさって、大南町が生まれた出典:wiki
- 1954年3月31日昭和29年鶴崎町が市になり、鶴崎市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1954年10月1日昭和29年石城川村の一部が、大分市に入った出典:wiki
- 1955年1月1日昭和30年神崎村・一尺屋村が合わさって、佐賀関町が生まれた出典:wiki
- 1955年2月1日昭和30年賀来村・稙田村・東稙田村が合わさって、大分町が生まれた出典:wiki
- 1955年3月31日昭和30年今市村が合わさって、野津原村が生まれた出典:wiki
- 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ大分村が町になり、大分町となった(町制施行)
- 1959年2月1日昭和34年野津原村が町になり、野津原町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1963年3月10日昭和38年大在村・鶴崎市・坂ノ市町・大南町・大分町が合わさって、大分市が生まれた出典:wiki
- 2005年1月1日平成17年佐賀関町・野津原町が、大分市に入った(編入)e-Stat「野津原町(44361)、佐賀関町(44381)が大分市(44201)に編入 北海部郡(44380)の廃止」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。