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竹田市たけたし

1920年には19の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の竹田市になりました。

19町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の竹田市

今の竹田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で20,332人です。今の区域で数えた1980年の36,011人とくらべると43.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は48.3%です。

20,332人人口(2020年)
−43.5%1980年からの増減
477.53km²面積(国土地理院)
43人/km²人口密度
48.3%65歳以上の割合
36,0111980199020052020
15歳未満 8.9%15〜64歳 42.7%65歳以上 48.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

竹田市のなりたち

竹田市(たけたし)は、大分県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、19の町村がありました。明治村・岡本村・白丹村・城原村・宮城村・豊岡村・菅生村・玉来町・松本村・入田村・宮砥村・嫗岳村・都野村・久住町・下竹田村・長湯村・柏原村・荻村・竹田町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の竹田市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1942年(昭和17年)4月1日に明治村・岡本村が合わさって、竹田町が生まれました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1948年(昭和23年)4月1日に長湯村が町になり、長湯町となりました(町制施行)。1954年(昭和29年)3月31日に城原村・宮城村・豊岡村・菅生村・玉来町・松本村・入田村・宮砥村・嫗岳村が合わさって、竹田市が生まれました。1954年(昭和29年)3月31日に白丹村が合わさって、久住町が生まれました。1954年(昭和29年)3月31日に竹田町が市になり、竹田市となりました(市制施行)。1955年(昭和30年)3月20日に都野村・久住町が合わさって、久住町が生まれました。1955年(昭和30年)3月31日に下竹田村・長湯町が合わさって、直入町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に柏原村が合わさって、荻町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に荻村が町になり、荻町となりました(町制施行)。1958年ごろに久住都町が、名前を久住町に変えました。この時期だけで9回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)4月1日に荻町・久住町・直入町が合わさって、竹田市が生まれました。

今の名前「竹田市」は、1920年にあった竹田町の名前を受け継いでいます。ほかの18の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は直入郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、直入郡は2005年(平成17年)4月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧玉来町の区域には玉来駅(豊肥本線)があります。

191920年の町村の数
7回合併・編入の回数
478km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1942年4月1日昭和17年明治村・岡本村が合わさって、竹田町が生まれた出典:wiki
  2. 1948年4月1日昭和23年長湯村が町になり、長湯町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1954年3月31日昭和29年城原村・宮城村・豊岡村・菅生村・玉来町・松本村・入田村・宮砥村・嫗岳村が合わさって、竹田市が生まれた出典:wiki
  4. 1954年3月31日昭和29年白丹村が合わさって、久住町が生まれた出典:wiki
  5. 1954年3月31日昭和29年竹田町が市になり、竹田市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  6. 1955年3月20日昭和30年都野村・久住町が合わさって、久住町が生まれた出典:wiki
  7. 1955年3月31日昭和30年下竹田村・長湯町が合わさって、直入町が生まれた出典:wiki
  8. 1955年4月1日昭和30年柏原村が合わさって、荻町が生まれた出典:wiki
  9. 1955年4月1日昭和30年荻村が町になり、荻町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  10. 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ久住都町が、名前を久住町に変えた
  11. 2005年4月1日平成17年荻町・久住町・直入町が合わさって、竹田市が生まれたe-Stat「竹田市(44208)、荻町(44441)、久住町(44442)、直入町(44443)が合併し、竹田市を新設 直入郡(44440)の廃止」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

竹田町→竹田市1889〜今
荻村→荻町1889〜2005
柏原村1889〜1955
久住都町→久住町1954〜2005
都野村1889〜1955
久住町1920〜1955
白丹村1889〜1954
直入町1955〜2005
下竹田村1889〜1955
長湯村→長湯町1889〜1955
城原村1889〜1954
宮城村1889〜1954
豊岡村1889〜1954
菅生村1889〜1954
玉来町1906〜1954同じ名前の駅:玉来駅
松本村1889〜1954
入田村1889〜1954
宮砥村1889〜1954
嫗岳村1889〜1954
明治村1889〜1942
岡本村1889〜1942