今の九重町
今の九重町の区域の人口は、2020年の国勢調査で8,541人です。今の区域で数えた1980年の14,407人とくらべると40.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は45.2%です。
8,541人人口(2020年)
−40.7%1980年からの増減
271.37km²面積(国土地理院)
31人/km²人口密度
45.2%65歳以上の割合
15歳未満 10.5%15〜64歳 44.3%65歳以上 45.2%
九重町のなりたち
九重町(ここのえまち)は、大分県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。野上村・東飯田村・南山田村・飯田村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の九重町になりました。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1951年(昭和26年)1月1日に野上村が合わさって、九重町が生まれました。1955年(昭和30年)2月1日に東飯田村・南山田村・飯田村が合わさって、九重町が生まれました。
今の名前「九重町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の飯田村が約97km²だったのに対し、今の九重町は約262km²と、およそ2.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は玖珠郡に属していました。
41920年の町村の数
2回合併・編入の回数
271km²今の面積
1955年いちばん新しい合併
年表
- 1951年1月1日昭和26年野上村が合わさって、九重町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年2月1日昭和30年東飯田村・南山田村・飯田村が合わさって、九重町が生まれた出典:wiki
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
九重町1951〜今
東飯田村1889〜1955
南山田村1889〜1955
飯田村1889〜1955
野上村1896〜1951