奈良県 › 斑鳩町

斑鳩町いかるがちょう

1920年には3の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の斑鳩町になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の斑鳩町

奈良盆地の北西部から矢田丘陵の南端に広がる町です。南を大和川、東を富雄川、西を竜田川が流れます。法隆寺を中心とする寺社や古墳が残り、聖徳太子ゆかりの土地として知られています。法隆寺の門前と龍田の町並みに歴史が息づき、丘陵には果樹畑があります。JR法隆寺駅や町の中心を通る国道25号が大阪・奈良との往来を支え、住宅地と田園が隣り合っています。

今の斑鳩町の区域の人口は、2020年の国勢調査で27,587人です。今の区域で数えた1980年の25,754人とくらべると7.1%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.6%です。

27,587人人口(2020年)
+7.1%1980年からの増減
14.27km²面積(国土地理院)
1,933人/km²人口密度
30.6%65歳以上の割合
28,5661980199020052020
15歳未満 14.0%15〜64歳 55.5%65歳以上 30.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:寺社や文化財を訪ねる観光に加え、ブドウ・梨・柿などの果樹栽培が行われています。

特産品・名産

  • ブドウ斑鳩町の代表的な果物
  • 梨丘陵で育てられる特産の果物
  • 柿町の特産品として知られる果物

見どころ・祭り

  • 法隆寺世界文化遺産に登録された仏教建造物
  • 法起寺三重塔が残る聖徳太子ゆかりの寺
  • 藤ノ木古墳豊かな副葬品が出土した古墳

木くろまつ花さざんか・つばき鳥いかる斑鳩町の木・花・鳥

斑鳩町のなりたち

斑鳩町(いかるがちょう)は、奈良県西部地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。法隆寺村・富郷村・龍田町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の斑鳩町になりました。

今の名前「斑鳩町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の法隆寺村が約6km²だったのに対し、今の斑鳩町は約14km²と、およそ2.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は生駒郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧法隆寺村の区域には法隆寺駅(関西本線)があります。

31920年の町村の数
1回合併・編入の回数
14km²今の面積
1947年いちばん新しい合併

「斑鳩町」という名前

「斑鳩」の由来には、この地にイカルという鳥が群れていたためとする説があります。イカルは漢字で「斑鳩」や「鵤」と書きます。土地の神として伊香留我伊香志男命が祭られていたことにちなむという説も伝わっています。聖徳太子が斑鳩宮へ移り、法隆寺を建てた土地として古くから知られました。1947年に龍田町・法隆寺村・富郷村が合併して生まれた町も、この歴史ある名を使う斑鳩町となりました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には平群郡の龍田村・法隆寺村・富郷村が発足しました。龍田村は龍田・神南・稲葉車瀬・小吉田・五百井・服部・目安の7村、法隆寺村は法隆寺・東福寺の2村、富郷村は三井・幸前・高安・興留・阿波の5村をまとめた区域でした。龍田は近世に市や宿場として栄え、法隆寺の門前にも集落が発達していました。

1892年(明治25年)4月2日に龍田村が町制を施行しました。1897年(明治30年)には平群郡と添下郡の区域で生駒郡ができ、3町村も生駒郡に属しました。1947年(昭和22年)2月11日、龍田町・法隆寺村・富郷村を廃して斑鳩町が置かれました。戦後の早い時期に、門前町や川沿いの集落が一つの町にまとまったのです。

1985年に始まった藤ノ木古墳の発掘調査は、豊かな副葬品を通じてこの地域の古墳文化を伝えました。1993年には法隆寺と法起寺の仏教建造物が世界文化遺産に登録されました。現在も法隆寺の門前や龍田の町並み、富郷の旧村名を伝える三井・興留・阿波などに、それぞれの地域の歴史が息づいています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年平群郡の龍田村・神南村・稲葉車瀬村・小吉田村・五百井村・服部村・目安村の区域で龍田村、法隆寺村・東福寺村の区域で法隆寺村、三井村・幸前村・高安村・興留村・阿波村の区域で富郷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1892年4月2日明治25年平群郡龍田村が町制を施行し、龍田町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.nara.lg.jp
  3. 1897年4月1日明治30年平群郡と添下郡の区域で生駒郡が発足し、龍田町・法隆寺村・富郷村は生駒郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  4. 1947年2月11日昭和22年生駒郡龍田町・法隆寺村・富郷村が合併し、斑鳩町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

斑鳩町1921〜今
法隆寺村1889〜1947同じ名前の駅:法隆寺駅
富郷村1889〜1947
龍田町1892〜1947

参考にした資料