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河合町かわいちょう

河合町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の河合町

奈良盆地の西部、馬見丘陵の北東部にある町です。北側には大和川が流れ、多くの川が集まる水辺と、古墳やため池のある丘陵が広がります。近鉄田原本線や西名阪自動車道などが通り、大阪方面へ行きやすい住宅都市として発展しました。廣瀬大社や大塚山古墳群、佐味田宝塚古墳などの歴史遺産が残ります。ぶどう栽培の歴史を持ち、近年は大和の黒豆「KAWAI BLACK」も町の特産品として育てられています。

今の河合町の区域の人口は、2020年の国勢調査で17,018人です。今の区域で数えた1980年の15,793人とくらべると7.8%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は38.8%です。

17,018人人口(2020年)
+7.8%1980年からの増減
8.23km²面積(国土地理院)
2,068人/km²人口密度
38.8%65歳以上の割合
20,1261980199020052020
15歳未満 10.1%15〜64歳 51.1%65歳以上 38.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:住宅都市として発展し、ぶどう・黒豆の栽培や貝ボタン製造が営まれています。

特産品・名産

  • 大和の黒豆 KAWAI BLACK町内で育てられる大粒の黒豆
  • ぶどう大正時代の開拓から続く果物
  • 貝ボタン町の地場産業として続く製品

見どころ・祭り

  • 廣瀬大社水の神を祀り、砂かけ祭が行われる社
  • 大塚山古墳群大和川の南に残る古墳群
  • 佐味田宝塚古墳家屋文鏡を含む多数の鏡が出土
  • 馬見丘陵公園古墳と四季の花が見られる公園
  • 豆山荘役場に使われた実業家の旧邸宅

木サザンカ花フクジュソウ河合町の木・花

河合町のなりたち

河合町(かわいちょう)は、奈良県西部地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに河合村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は北葛城郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
8km²今の面積

「河合町」という名前

「河合」は、奈良盆地を流れる多くの川が合流する場所にちなむ町名です。町の北側には大和川が流れ、周辺から川が集まります。「かわい」の地名は927年(延長5年)の『延喜式』にも「川合」として現れます。水辺には川合浜と呼ばれた船着き場があり、物資の中継地として栄えました。1889年(明治22年)の河合村発足を経て、1971年の町制施行にも河合の名が受け継がれています。

まちの成り立ち

河合町は、大和川の水運と馬見丘陵の農地を背景に育ったまちです。川合浜には細長い魚梁船が行き交い、米や綿、肥料などを運びました。大塚山古墳群や佐味田宝塚古墳には古墳時代の歴史が残り、廣瀬大社は水の神を祀る社として親しまれてきました。

1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行で13の村の区域をまとめ、広瀬郡河合村が発足しました。1892年には沢・寺戸・大場が箸尾村へ編入されました。1897年の郡再編で河合村は北葛城郡に属します。大正時代には穴闇の西山地区などで開拓が進み、ぶどう園が開かれました。貝ボタン製造も地場産業として続いています。

昭和40年代には西大和ニュータウンの開発が進みました。1969年には薬井・大輪田と上牧村下牧の区域を交換し、1971年4月には王寺町との間でも薬井と王寺の一部を交換しています。同年12月1日に河合村が町制を施行し、河合町となりました。1974年には大輪田の一部が上牧町へ移り、1985年にも上牧町と区域を交換しました。近鉄田原本線沿いの古い集落と丘陵の住宅地が、今の町を形づくっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、13の村の区域をもって広瀬郡河合村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1892年2月12日明治25年広瀬郡河合村沢・寺戸・大場が箸尾村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  3. 1897年4月1日明治30年葛下郡と広瀬郡の区域で北葛城郡が発足し、河合村が同郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  4. 1969年9月1日昭和44年北葛城郡河合村薬井・大輪田の一部と上牧村下牧の一部が等積交換された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  5. 1971年4月1日昭和46年北葛城郡王寺町王寺の一部と河合村薬井の一部が等積交換された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  6. 1971年12月1日昭和46年北葛城郡河合村が町制を施行し、河合町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.nara.lg.jp
  7. 1974年4月1日昭和49年北葛城郡河合町大輪田の一部が上牧町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  8. 1985年9月1日昭和60年北葛城郡上牧町と河合町の区域の一部が交換された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

河合村→河合町1889〜今

参考にした資料