今の宮津市
京都府北部、宮津湾と阿蘇海を囲み、丹後半島の東岸へ広がる市です。日本三景の天橋立が海を隔て、南の城下町と北の府中地域には寺社や古い町並みが残ります。海岸沿いには漁村が、世屋などの山あいには農村の集落が続きます。天橋立を中心とする観光のほか、漁業や水産加工、農業が営まれ、港町と山村の両方の暮らしがあるまちです。
今の宮津市の区域の人口は、2020年の国勢調査で16,758人です。今の区域で数えた1980年の28,881人とくらべると42.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.3%です。
主な産業:天橋立を中心とする観光、漁業や水産加工、農業、製造業が営まれています。
特産品・名産
- オイルサーディンイワシを油漬けにした缶詰
- 世屋みそ世屋地域でつくられるみそ
- 智恵の餅天橋立の門前で伝わる餅菓子
見どころ・祭り
- 天橋立宮津湾と阿蘇海を隔てる砂州
- 元伊勢籠神社天橋立北側の府中地域にある神社
- 宮津の城下町宮津藩の歴史が残る市街地
木くろまつ花みつばつつじ宮津市の木・花
宮津市のなりたち
宮津市(みやづし)は、京都府丹後地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。城東村・上宮津村・養老村・日ケ谷村・世屋村・日置村・栗田村・府中村・吉津村・宮津町・由良村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の宮津市になりました。
今の名前「宮津市」は、1920年にあった宮津市の名前を受け継いでいます。ほかの10の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は与謝郡・加佐郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧栗田村の区域には栗田駅(WILLER TRAINS 宮津線)があります。
「宮津市」という名前
「宮津」は、宮のある津、つまり神社のある船着き場を意味するといわれます。平城京に運ばれた産物の荷札である木簡にも、宮津の名が記されており、奈良時代までさかのぼる地名です。どの宮や船着き場を指したのかは、はっきりしていません。城下町や宮津町の名として引き継がれ、1954年に周辺の7村と新設合併した際にも宮津市の名となりました。
まちの成り立ち
宮津は、丹後の海に開いた港町と、天橋立を囲む地域からなる市です。古くから丹後の政治や文化の中心となり、江戸時代には宮津藩の城下町として発展しました。北前船の航路の寄港地としても栄えています。1889年(明治22年)の町村制で与謝郡宮津町が発足し、周囲にも城東・栗田・上宮津・吉津・府中・日置・世屋・養老・日ケ谷などの村が置かれました。
1924年9月1日には城東村を編入します。1951年4月1日には上宮津村を編入し、城下から山間へと町域が広がりました。1954年(昭和29年)6月1日、宮津町・栗田村・吉津村・府中村・日置村・世屋村・養老村・日ケ谷村の1町7村が新設合併し、宮津市が誕生します。宮津の市街地と、天橋立の両岸、丹後半島東岸の村々が一つになりました。1956年9月20日には加佐郡由良村を編入し、現在の市域となります。
平成の大合併期には、宮津市と周辺4町による合併協議が行われました。その後、宮津市と伊根町の2市町でも協議されましたが、いずれの協議会も廃止されました。宮津市は従来の市域を保ち、城下町の歴史や天橋立の景観、沿岸の漁業と山間の農業を受け継いでいます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、与謝郡宮津町・城東村・栗田村・上宮津村・吉津村・府中村・日置村・世屋村・養老村・日ケ谷村・野間村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、加佐郡由良村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1924年9月1日大正13年与謝郡城東村が与謝郡宮津町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1948年4月1日昭和23年与謝郡野間村の一部(須川のうち成谷)が与謝郡日ケ谷村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1951年4月1日昭和26年与謝郡上宮津村が与謝郡宮津町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kyoto.jp
- 1954年6月1日昭和29年与謝郡宮津町・栗田村・吉津村・府中村・日置村・世屋村・養老村・日ケ谷村が合併し、宮津市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.miyazu.kyoto.jp
- 1956年9月20日昭和31年加佐郡由良村が宮津市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kyoto.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.miyazu.kyoto.jp/site/citypro/5063.html
- www.city.miyazu.kyoto.jp/soshiki/1/4615.html
- www.city.miyazu.kyoto.jp/reiki/reiki_int/reiki_honbun/k107RG00000001.html
- www.city.miyazu.kyoto.jp/soshiki/1/4606.html
- www.city.miyazu.kyoto.jp/soshiki/1/4621.html
- www.amanohashidate.jp/
- www.city.miyazu.kyoto.jp/site/citypro/6254.html
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%B8%8E%E8%AC%9D%E9%83%A1&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8A%A0%E4%BD%90%E9%83%A1&action=raw
- www.pref.kyoto.jp/rekisaikan/documents/dayori148.pdf