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綾部市あやべし

1920年には14の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の綾部市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の綾部市

京都府の中央北寄り、由良川が貫く盆地と周囲の山地に広がる市です。市街地には製糸業から発展したグンゼゆかりの建物があり、周辺には里山や田園が続きます。東の上林地域には山間の集落と、国宝の二王門がある光明寺が残ります。黒谷和紙や茶などの産品とものづくりが受け継がれ、鉄道や高速道路によって京阪神と日本海側をつなぐ交通の要地でもあります。

今の綾部市の区域の人口は、2020年の国勢調査で31,846人です。今の区域で数えた1980年の42,552人とくらべると25.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.0%です。

31,846人人口(2020年)
−25.2%1980年からの増減
347.1km²面積(国土地理院)
92人/km²人口密度
39.0%65歳以上の割合
42,5521980199020052020
15歳未満 11.0%15〜64歳 50.0%65歳以上 39.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:繊維産業から発展した製造業と、茶などの農業、黒谷和紙の生産が営まれています。

特産品・名産

  • 黒谷和紙黒谷で受け継がれる手すき和紙
  • 綾部茶綾部で生産される茶
  • とち餅山間地域でつくられる栃の実の餅

見どころ・祭り

  • あやべグンゼスクエア博物苑・特産館・バラ園からなる
  • 安国寺足利尊氏ゆかりの寺院
  • 光明寺二王門鎌倉時代の国宝の門

木マツ花ウメ鳥イカル綾部市の木・花・鳥

綾部市のなりたち

綾部市(あやべし)は、京都府中丹地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。小畑村・以久田村・東八田村・西八田村・口上林村・吉美村・山家村・綾部町・中筋村・奥上林村・中上林村・志賀郷村・物部村・佐賀村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の綾部市になりました。

今の名前「綾部市」は、1920年にあった綾部市の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の綾部町が約15km²だったのに対し、今の綾部市は約344km²と、およそ22.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は何鹿郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧山家村の区域には山家駅(山陰本線)があります。

141920年の町村の数
3回合併・編入の回数
347km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「綾部市」という名前

「綾部」の名は、古代からこの地で栄えた綾絹に由来するといわれます。この地で育った織物づくりの歴史と結びつく名前です。織物と結びついた地名が城下町や町の名として受け継がれ、1950年に1町6村が合併したときも綾部市の名が採用されました。近代には製糸業が育ち、「蚕都」と呼ばれたまちの歩みにも、繊維との深いつながりが残っています。

まちの成り立ち

綾部は、由良川流域の城下町と周辺の農村からなるまちです。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、何鹿郡綾部町と中筋・以久田・佐賀・小畑・物部・志賀郷・吉美・西八田・東八田・山家・口上林・中上林・奥上林の各村が発足しました。近代には製糸業が発展し、綾部は「蚕都」と呼ばれるようになります。グンゼ博物苑などが、その産業の歩みを伝えています。

1949年、以久田村と小畑村の区域に豊里村が発足しました。1950年(昭和25年)8月1日には、綾部町・中筋村・吉美村・山家村・西八田村・東八田村・口上林村の1町6村が新設合併し、綾部市が生まれます。同年10月には世界連邦都市宣言を行いました。

昭和の大合併が進む1955年4月10日、豊里村・物部村・志賀郷村・中上林村・奥上林村を編入しました。1956年9月30日には佐賀村が分かれ、石原・小貝と私市の一部が綾部市へ入り、現在の市域となります。由良川沿いの市街地から上林の山間部まで、広い地域が一つの市にまとまりました。山あいには黒谷和紙の手仕事が伝わり、寺院や農村の集落とともに、繊維産業を育てたまちの歴史が続いています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、何鹿郡に綾部町・中筋村・以久田村・佐賀村・小畑村・物部村・志賀郷村・吉美村・西八田村・東八田村・山家村・口上林村・中上林村・奥上林村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1949年7月1日昭和24年何鹿郡以久田村・小畑村が合併し、何鹿郡豊里村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kyoto.jp
  3. 1950年8月1日昭和25年何鹿郡綾部町・中筋村・吉美村・山家村・西八田村・東八田村・口上林村が合併し、綾部市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kyoto.jp
  4. 1955年4月10日昭和30年何鹿郡豊里村・物部村・志賀郷村・中上林村・奥上林村が綾部市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kyoto.jp
  5. 1956年9月30日昭和31年何鹿郡佐賀村が分割され、石原・小貝と私市の一部が綾部市に、報恩寺・印内・山野口と私市の一部が福知山市に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

綾部市1950〜今
佐賀村1889〜1956
奥上林村1889〜1955
中上林村1889〜1955
志賀郷村1889〜1955
物部村1889〜1955
豊里村1949〜1955
小畑村1889〜1949
以久田村1889〜1949
東八田村1889〜1950
西八田村1889〜1950
口上林村1889〜1950
吉美村1889〜1950
山家村1889〜1950同じ名前の駅:山家駅
綾部町1889〜1950同じ名前の駅:綾部駅
中筋村1889〜1950

参考にした資料