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京都市きょうとし

1920年には52の町村だった区域が、12回の合併・編入を経て、今の京都市になりました。

52町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の京都市

北山の山地から京都盆地へ広がり、東には山科盆地があります。市街地を鴨川が流れ、桂川や宇治川も市域を通ります。平安京以来の歴史を伝える寺社や、二条城などの文化財が各地に残っています。西陣織、京友禅、京焼・清水焼などの工芸が育まれてきたまちです。盆地の市街地には商業や観光の拠点が集まり、北部の京北などには山あいの集落があります。

今の京都市の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,463,723人です。今の区域で数えた1980年の1,480,377人とくらべると1.1%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は28.3%です。

1,463,723人人口(2020年)
−1.1%1980年からの増減
827.83km²面積(国土地理院)
1,768人/km²人口密度
28.3%65歳以上の割合
1,486,4021980199020052020
15歳未満 11.0%15〜64歳 60.7%65歳以上 28.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:伝統工芸をはじめとする製造業、商業、観光に関わる産業が営まれています。

特産品・名産

  • 西陣織京都で受け継がれてきた織物
  • 京友禅京都の伝統的な染色工芸
  • 京焼・清水焼京都でつくられる陶磁器

見どころ・祭り

  • 清水寺東山にある寺院
  • 二条城市街地に残る城
  • 鹿苑寺(金閣寺)北山にある寺院
  • 賀茂御祖神社(下鴨神社)下鴨にある神社

木シダレヤナギ・タカオカエデ・カツラ花ツツジ・ツバキ・サトザクラ京都市の木・花

京都市のなりたち

京都市(きょうとし)は、京都府京都市域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、52の町村がありました。上賀茂村・大宮村・嵯峨村・梅ヶ畑村・鷹峯村・修学院村・花園村・松ヶ崎村・太秦村・松尾村・山科村・西院村・梅津村・京極村・桂村・吉祥院村・川岡村・深草村・上鳥羽村・醍醐村・竹田村・下鳥羽村・堀内村・伏見町・横大路村・向島村・納所村・美豆村・小野郷村・中川村・久多村・花背村・大原村・雲ヶ畑村・鞍馬村・静市野村・岩倉村・八瀬村・淀町・大枝村・久我村・羽束師村・黒田村・弓削村・山国村・周山村・宇津村・細野村・淀村・大原野村・久世村・京都市です。これらの町村が、12回の合併や編入を経て、今の京都市になりました。

今の名前「京都市」は、1920年にあった京都市の名前を受け継いでいます。ほかの51の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の京都市が約59km²だったのに対し、今の京都市は約818km²と、およそ13.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は久世郡・乙訓郡・北桑田郡・宇治郡・愛宕郡・紀伊郡・綴喜郡・葛野郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北桑田郡は2006年(平成18年)1月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧嵯峨村の区域には嵯峨嵐山駅(山陰本線)があります。旧花園村の区域には花園駅(山陰本線)があります。旧太秦村の区域には太秦駅(山陰本線)があります。旧山科村の区域には山科駅(湖西線)があります。

521920年の町村の数
12回合併・編入の回数
828km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「京都市」という名前

「京都」は、もともと首都を指す言葉です。古くは一つの場所だけに使う名ではなく、天皇が住む都を表していました。794年に都が移された平安京も京都と呼ばれ、都が長く続くなかで、この土地を指す名前として定着しました。1889年の市制施行で京都市が発足し、古くからの都の名が自治体の名前にも受け継がれています。

まちの成り立ち

1889年に京都市が発足したとき、市は上京区と下京区の2区で構成されていました。周囲には葛野郡や愛宕郡などの町村があり、のちの市域になる山科や伏見、京北も、それぞれ別の自治体でした。

大内村の一部を迎えたあと、1918年には白川村や田中村、朱雀野村などの全域と、上賀茂村などの一部が市に加わりました。1929年には左京区・中京区・東山区が新設されました。1931年には伏見市や山科町、嵯峨町など27市町村を編入しました。このとき右京区と伏見区も設けられ、市域は盆地の周辺へ大きく広がりました。

戦後は1948年の中川村・小野郷村に続き、1949年に岩倉村や大原村などを編入しました。1950年には大枝村・久我村・羽束師村が加わりました。1955年には上京区から北区、下京区から南区が分かれています。

1957年には淀町と京北町の広河原を迎え、1959年には久世村と大原野村を編入しました。1976年には山科区と西京区が誕生し、現在の11区がそろいました。2005年には京北町を右京区に編入しました。寺社や商いのまちが続く市街地と、北山や京北の山あいの集落が、一つの市のなかに広がっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年市制の施行により、上京区と下京区を持つ京都市が発足した。種類:市制施行 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、宇治郡に山科村・醍醐村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  3. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、紀伊郡に伏見町・柳原町・吉祥院村・東九条村・上鳥羽村・深草村・下鳥羽村・横大路村・納所村・堀内村・向島村・竹田村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  4. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、久世郡に淀町が発足した。種類:町村制 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  5. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、綴喜郡に美豆村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  6. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、乙訓郡に淀村・久我村・羽束師村・久世村・大原野村・大枝村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  7. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、葛野郡に大内村・朱雀野村・七条村・西院村・下嵯峨村・嵯峨村・京極村・梅津村・太秦村・花園村・梅ケ畑村・桂村・川岡村・松尾村・小野郷村・中川村・衣笠村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  8. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、愛宕郡に鞍馬口村・下鴨村・田中村・白川村・上賀茂村・大宮村・鷹峰村・雲ケ畑村・岩倉村・八瀬村・大原村・静市野村・鞍馬村・花脊村・久多村・修学院村・松ケ崎村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  9. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、北桑田郡に細野村・宇津村・山国村・弓削村・黒田村・周山村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  10. 1891年愛宕郡鷹峰村の一部が分立し、愛宕郡野口村となった。種類:分割 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  11. 1894年12月12日明治27年葛野郡大内村の大字八条の一部が京都市下京区に編入された。種類:一部編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  12. 1902年2月1日明治35年葛野郡大内村の大字東塩小路・西九条が京都市下京区に編入された。種類:一部編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  13. 1903年葛野郡下嵯峨村が葛野郡嵯峨村に編入された。種類:編入 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  14. 1918年4月1日大正7年愛宕郡白川村・田中村・下鴨村・鞍馬口村・野口村、葛野郡衣笠村・朱雀野村・大内村・七条村、紀伊郡柳原町が京都市に編入された。種類:編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  15. 1918年4月1日大正7年愛宕郡上賀茂村・大宮村、葛野郡西院村、紀伊郡東九条村・上鳥羽村・深草村の各一部が京都市に編入された。種類:一部編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  16. 1922年紀伊郡深草村が町制を施行し、紀伊郡深草町となった。種類:町制施行 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  17. 1923年葛野郡嵯峨村が町制を施行し、葛野郡嵯峨町となった。種類:町制施行 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  18. 1926年宇治郡山科村が町制を施行し、宇治郡山科町となった。種類:町制施行 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  19. 1929年紀伊郡伏見町が市制を施行し、伏見市となった。種類:市制施行 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  20. 1929年4月1日昭和4年京都市上京区と下京区の区域の一部から、左京区・中京区・東山区が新設された。種類:その他 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  21. 1931年4月1日昭和6年愛宕郡上賀茂村・大宮村・鷹ヶ峰村・修学院村・松ケ崎村、葛野郡花園村・西院村・太秦村・梅ケ畑村・嵯峨町・梅津村・京極村・松尾村・桂村・川岡村、紀伊郡吉祥院村・上鳥羽村・竹田村・深草町・堀内村・下鳥羽村・横大路村・納所村・向島村、宇治郡山科町・醍醐村、伏見市が京都市に編入され、右京区・伏見区が新設された。種類:編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  22. 1935年4月1日昭和10年綴喜郡美豆村が久世郡淀町に編入された。種類:編入 出典:www.city.uji.kyoto.jp
  23. 1936年2月11日昭和11年乙訓郡淀村が久世郡淀町に編入された。種類:編入 出典:www.city.uji.kyoto.jp
  24. 1943年北桑田郡周山村が町制を施行し、北桑田郡周山町となった。種類:町制施行 出典:www.city.kyoto.lg.jp
  25. 1948年4月1日昭和23年葛野郡中川村・小野郷村が京都市上京区に編入された。種類:編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  26. 1949年4月1日昭和24年愛宕郡雲ケ畑村が京都市上京区に、愛宕郡岩倉村・八瀬村・大原村・静市野村・鞍馬村・花脊村・久多村が京都市左京区に編入された。種類:編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  27. 1950年12月1日昭和25年乙訓郡大枝村が京都市右京区に、乙訓郡久我村・羽束師村が京都市伏見区に編入された。種類:編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  28. 1955年3月1日昭和30年北桑田郡周山町・細野村・宇津村・山国村・弓削村・黒田村が合併し、北桑田郡京北町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kyoto.jp
  29. 1955年9月1日昭和30年京都市上京区から北区、下京区から南区が分かれて新設された。種類:その他 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  30. 1957年4月1日昭和32年北桑田郡京北町の大字広河原が京都市左京区に編入された。種類:一部編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  31. 1957年4月1日昭和32年久世郡淀町が京都市伏見区に編入された。種類:編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  32. 1959年11月1日昭和34年乙訓郡久世村が京都市南区に、乙訓郡大原野村が京都市右京区に編入された。種類:編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  33. 1976年10月1日昭和51年京都市東山区から山科区、右京区から西京区が分かれて新設された。種類:その他 出典:www2.city.kyoto.lg.jp
  34. 2005年4月1日平成17年北桑田郡京北町が京都市右京区に編入された。種類:編入 出典:www2.city.kyoto.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

京都市1889〜今
京北町1955〜2005
黒田村1889〜1955
弓削村1889〜1955
山国村1889〜1955
周山村→周山町1889〜1955
宇津村1889〜1955
細野村1889〜1955
大原野村1889〜1959
久世村1889〜1959
淀村→淀町1889〜1957
淀町1889〜1950
美豆村1889〜1935
大枝村1889〜1950
久我村1889〜1950
羽束師村1889〜1950
久多村1889〜1949
花背村1889〜1949
大原村1889〜1949
雲ヶ畑村1889〜1949
鞍馬村1889〜1949
静市野村1889〜1949
岩倉村1889〜1949
八瀬村1889〜1949
小野郷村1889〜1948
中川村1889〜1948
上賀茂村1889〜1931
大宮村1889〜1931
嵯峨村1889〜1931同じ名前の駅:嵯峨駅
梅ヶ畑村1889〜1931
鷹峯村1889〜1931
修学院村1889〜1931
花園村1889〜1931同じ名前の駅:花園駅
松ヶ崎村1889〜1931
太秦村1889〜1931同じ名前の駅:太秦駅
松尾村1889〜1931
山科村1889〜1931同じ名前の駅:山科駅
西院村1889〜1931
梅津村1889〜1931
京極村1889〜1931
桂村1889〜1931
吉祥院村1889〜1931
川岡村1889〜1931
深草村1889〜1931
上鳥羽村1889〜1931
醍醐村1889〜1931
竹田村1889〜1931
下鳥羽村1889〜1931
堀内村1889〜1931
伏見町1889〜1931
横大路村1889〜1931
向島村1889〜1931
納所村1889〜1931

参考にした資料