京都府 › 宇治市

宇治市うじし

1920年には6の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の宇治市になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の宇治市

京都府南部、京都盆地の南東部に広がる市です。宇治川の両岸には平等院や宇治上神社があり、山あいの集落から西側の平野まで、多様な景観が続きます。宇治茶の産地と集散地として知られ、茶園や茶商の店がまちの歴史を伝えています。黄檗山萬福寺や源氏物語ゆかりの史跡も点在し、京都に近い住宅都市としての暮らしと、寺社や茶の文化が共に息づいています。

今の宇治市の区域の人口は、2020年の国勢調査で179,630人です。今の区域で数えた1980年の152,692人とくらべると17.6%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.0%です。

179,630人人口(2020年)
+17.6%1980年からの増減
67.54km²面積(国土地理院)
2,660人/km²人口密度
30.0%65歳以上の割合
189,6091980199020052020
15歳未満 12.3%15〜64歳 57.8%65歳以上 30.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:宇治茶の生産・加工・販売と、製造業、寺社や茶文化を生かした観光が営まれています。

特産品・名産

  • 宇治抹茶碾茶を挽いてつくる宇治茶
  • 宇治玉露覆いをかけて育てる茶
  • 宇治煎茶宇治製法を受け継ぐ緑茶

見どころ・祭り

  • 平等院鳳凰堂と庭園が残る世界遺産
  • 宇治上神社平安時代の本殿を伝える世界遺産
  • 黄檗山萬福寺隠元が創建した黄檗宗の大本山

木イロハモミジ花やまぶき鳥カワセミ宇治市の木・花・鳥

宇治市のなりたち

宇治市(うじし)は、京都府山城地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。笠取村・宇治村・槙島村・小倉村・大久保村・宇治町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の宇治市になりました。

今の名前「宇治市」は、1920年にあった宇治町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の宇治村が約17km²だったのに対し、今の宇治市は約67km²と、およそ3.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は久世郡・宇治郡に属していました。

61920年の町村の数
2回合併・編入の回数
68km²今の面積
1951年いちばん新しい合併

「宇治市」という名前

「宇治」の名は、三方を山に囲まれた土地を意味する「ウジ」に由来するという説があります。また、古代の政権が置かれた大和から見て、勢力の及ぶ内側を表す「ウチ」から来たともいわれます。宇治川の渡河点には古くから橋が架けられ、都と大和を結ぶ交通の要地として、宇治の名が受け継がれてきました。

まちの成り立ち

宇治は、宇治川の渡河点を中心に発展してきたまちです。平安京と大和の間に位置し、平安時代には貴族たちが別荘を営みました。藤原頼通が父・道長の別荘を寺院に改めた平等院は、その時代の文化を伝えています。中世には茶の栽培が広がり、宇治は茶の産地と集散地として発展しました。

1889年(明治22年)4月1日の町村制施行で、久世郡に宇治町・槇島村・小倉村・大久保村、宇治郡に宇治村・笠取村が発足しました。宇治町は宇治町・宇治郷・白川村、小倉村は小倉村・伊勢田村・安田村、大久保村は大久保村・広野村を合わせた区域です。宇治川の東側では、五ヶ庄や木幡、菟道などが宇治村、山あいの東笠取や西笠取などが笠取村となりました。

1942年(昭和17年)4月1日、宇治村が笠取村を編入し、町制施行と名称変更によって東宇治町となりました。1951年(昭和26年)3月1日、宇治町・槇島村・小倉村・大久保村・東宇治町の2町3村が新設合併し、宇治市が誕生しました。鉄道の整備や工場の進出とともに住宅地が広がり、茶のまちと、寺社や文学の歴史を伝えるまちが、都市の暮らしの中で受け継がれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、久世郡宇治町・宇治郷・白川村の区域に久世郡宇治町が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、久世郡槇島村の区域に久世郡槇島村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、久世郡小倉村・伊勢田村・安田村の区域に久世郡小倉村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、久世郡大久保村・広野村の区域に久世郡大久保村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  5. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、宇治郡東笠取村・西笠取村・炭山村・二尾村・池尾村が合併して宇治郡笠取村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  6. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、宇治郡五ヶ庄村・木幡村・菟道村・志津川村と紀伊郡六地蔵村の一部(山科川以東)が合併して宇治郡宇治村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  7. 1942年4月1日昭和17年宇治郡宇治村が宇治郡笠取村を編入し、町制施行と名称変更により宇治郡東宇治町となった。種類:編入 出典:www.city.uji.kyoto.jp
  8. 1951年3月1日昭和26年久世郡宇治町・槇島村・小倉村・大久保村と宇治郡東宇治町が合併して宇治市が発足した。種類:新設合併 出典:reiki-web.city.uji.kyoto.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

宇治町→宇治市1889〜今
槙島村→槇島村1889〜1951
小倉村1889〜1951
大久保村1889〜1951
東宇治町1942〜1951
笠取村1889〜1942
宇治村1889〜1942同じ名前の駅:宇治駅

参考にした資料