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亀岡市かめおかし

1920年には18の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の亀岡市になりました。

18町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の亀岡市

京都府中部、京都市の西側に広がる亀岡盆地を中心とする市です。山々に囲まれた盆地を桂川が流れ、保津峡を通って京都へ向かいます。中心部には丹波亀山城の城下町が残り、その周囲に田園や山間の集落が続きます。丹波霧に包まれる農地では京野菜や栗、黒大豆が育ちます。保津川下りや湯の花温泉を訪れる人も多く、鉄道を通じて京都市と結ばれています。

今の亀岡市の区域の人口は、2020年の国勢調査で86,174人です。今の区域で数えた1980年の69,410人とくらべると24.2%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.6%です。

86,174人人口(2020年)
+24.2%1980年からの増減
224.8km²面積(国土地理院)
383人/km²人口密度
30.6%65歳以上の割合
94,5551980199020052020
15歳未満 12.6%15〜64歳 56.8%65歳以上 30.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:京野菜や栗、黒大豆などの農業と、保津川下りや温泉を生かした観光が営まれています。

特産品・名産

  • 丹波くり丹波の風土の中で栽培される栗
  • 丹波黒大豆大粒の豆を煮豆などに使う
  • 大納言小豆京都の菓子づくりにも使われる小豆

見どころ・祭り

  • 保津川下り保津峡を舟で下る
  • 湯の花温泉亀岡の山あいにある温泉郷
  • 丹波亀山城跡明智光秀が築いた城の跡

木さくら花つつじ、キキョウ、オニバス鳥コウノトリ、イカルチドリ亀岡市の木・花・鳥

亀岡市のなりたち

亀岡市(かめおかし)は、京都府南丹地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、18の町村がありました。旭村・馬路村・千歳村・保津村・千代川村・宮前村・河原林村・大井村・稗田野村・畑野村・本梅村・亀岡町・吉川村・曽我部村・東別院村・西別院村・東本梅村・篠村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の亀岡市になりました。

今の名前「亀岡市」は、1920年にあった亀岡市の名前を受け継いでいます。ほかの17の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の亀岡町が約13km²だったのに対し、今の亀岡市は約222km²と、およそ17.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は南桑田郡・船井郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧千代川村の区域には千代川駅(山陰本線)があります。

181920年の町村の数
4回合併・編入の回数
225km²今の面積
1959年いちばん新しい合併

「亀岡市」という名前

亀岡は、江戸時代まで「亀山」と呼ばれていました。明治の初め、亀山藩主が版籍奉還を行い、知藩事に任命される際に「亀岡」への改称が命じられました。その名は城下町の名前として定着し、1889年に発足した亀岡町へ受け継がれます。1955年の1町15村の合併でも、中心となる町の名を引き継いで亀岡市となりました。

まちの成り立ち

亀岡は、明智光秀が築いた丹波亀山城と、その城下町を中心に発展しました。保津川では、1606年に角倉了以が水運路を開き、丹波の米や木材などを京都へ運びました。城下と盆地の村々は、川と街道を通じて結びついていました。

1889年(明治22年)4月1日、町村制によって南桑田郡亀岡町と周辺の村々が発足します。1955年(昭和30年)1月1日、亀岡町と東別院・西別院・曾我部・吉川・薭田野・本梅・畑野・宮前・大井・千代川・馬路・旭・千歳・河原林・保津の15村が新設合併し、亀岡市が生まれました。市章には、合併した16町村を表す意匠が取り入れられています。

1956年には船井郡東本梅村を編入しました。その後、1958年4月1日に東本梅町の若森と南大谷の一部が園部町へ移ります。同じ日、西別院町の牧・寺田は府境を越え、大阪府の東能勢村へ編入されました。1959年9月30日には篠村が加わります。旧村の名は東別院町や千代川町などの町名に残り、盆地の市街地と周囲の山あいをつないでいます。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南桑田郡に亀岡町・篠村・東別院村・西別院村・曾我部村・吉川村・薭田野村・本梅村・畑野村・宮前村・大井村・千代川村・馬路村・旭村・千歳村・河原林村・保津村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、船井郡東本梅村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1955年1月1日昭和30年南桑田郡亀岡町・東別院村・西別院村・曾我部村・吉川村・薭田野村・本梅村・畑野村・宮前村・大井村・千代川村・馬路村・旭村・千歳村・河原林村・保津村が合併し、亀岡市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.kameoka.kyoto.jp
  4. 1956年9月30日昭和31年船井郡東本梅村が亀岡市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kyoto.jp
  5. 1958年4月1日昭和33年亀岡市東本梅町の若森と南大谷の一部が船井郡園部町に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.kameoka.kyoto.jp
  6. 1958年4月1日昭和33年亀岡市西別院町の牧・寺田が大阪府豊能郡東能勢村に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:www.pref.kyoto.jp
  7. 1959年9月30日昭和34年南桑田郡篠村が亀岡市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.kyoto.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

亀岡市1955〜今
篠村1889〜1959
東本梅村1889〜1956
旭村1889〜1955
馬路村1889〜1955
千歳村1889〜1955
保津村1889〜1955
千代川村1889〜1955同じ名前の駅:千代川駅
宮前村1889〜1955
河原林村1889〜1955
大井村1889〜1955
稗田野村→ひえ田野村1889〜1955
畑野村1889〜1955
本梅村1889〜1955
亀岡町1889〜1955同じ名前の駅:亀岡駅
吉川村1889〜1955
曽我部村1889〜1955
東別院村1889〜1955
西別院村1889〜1955

参考にした資料