今の木津川市
京都府の南端、奈良県に接する市です。木津川沿いの平野と里山が広がり、恭仁京跡や浄瑠璃寺、岩船寺などの文化財が残っています。古くから水運や街道の要地として栄え、茶や筍、柿などの農業も受け継がれてきました。西部では関西文化学術研究都市の整備が進み、研究施設や住宅地が集まります。古い集落や寺院のある景観と、新しい都市の暮らしが共に広がるまちです。
今の木津川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で77,907人です。今の区域で数えた1980年の34,431人とくらべると126.3%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.9%です。
主な産業:茶・筍・柿などの農業と、関西文化学術研究都市の研究活動、商業が営まれています。
特産品・名産
- 宇治茶街道や水運とともに発展した茶業
- 筍竹林で育てる市の代表的な産物
- 柿市域で栽培されてきた果物
見どころ・祭り
- 浄瑠璃寺国宝の本堂や三重塔を伝える寺
- 岩船寺三重塔や石塔が残る当尾の寺
- 海住山寺国宝の五重塔を伝える山上の寺
- 恭仁宮跡奈良時代の都の跡
木桜花コスモス木津川市の木・花
木津川市のなりたち
木津川市(きづがわし)は、京都府山城地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。瓶原村・当尾村・相楽村・棚倉村・高麗村・上狛村・加茂村・木津町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の木津川市になりました。
今の名前「木津川市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの8の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の木津町が約17km²だったのに対し、今の木津川市は約84km²と、およそ5.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は相楽郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧棚倉村の区域には棚倉駅(奈良線)があります。旧上狛村の区域には上狛駅(奈良線)があります。旧加茂村の区域には加茂駅(関西本線)があります。旧木津町の区域には木津駅(関西本線)があります。
「木津川市」という名前
「木津川市」の名は、市内を流れる木津川に由来します。2006年の合併協議会で新市の名称として決められ、翌年に3町の合併で誕生した市に用いられました。「木津」は、奈良時代に平城京などの建設用木材を陸揚げした港にちなむ地名です。川の水運とともに発展した土地の歴史が、現在の市名にも息づいています。
まちの成り立ち
木津川市は、川の水運と、奈良・京都・伊勢・伊賀を結ぶ街道によって発展してきた地域です。奈良時代には都の建設に用いる木材の陸揚げ港が栄え、740年には現在の加茂地域に恭仁京が置かれました。浄瑠璃寺や岩船寺、海住山寺などの寺院と、当尾の石仏が、長い歴史を伝えています。
1889年(明治22年)4月1日の町村制施行で、相楽郡に木津村・相楽村・加茂村・当尾村・瓶原村・上狛村・高麗村・棚倉村の8村が発足しました。木津村は1893年に木津町、上狛村は1926年に上狛町、加茂村は1928年に加茂町となりました。1951年(昭和26年)4月1日には木津町が相楽村を、加茂町が当尾村と瓶原村を編入しました。1956年(昭和31年)8月1日、上狛町・高麗村・棚倉村が新設合併して山城町が生まれました。
昭和60年代以降、木津町では関西文化学術研究都市の建設が進み、研究施設と新しい住宅地が整備されました。2005年に木津町・加茂町・山城町の合併協議会が設置され、2007年(平成19年)3月12日に3町が新設合併して木津川市となりました。川沿いの茶や筍の産地、古い寺院や里山、新しい研究と暮らしの場を合わせた市が形づくられています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、相楽郡綺田村・平尾村の区域に相楽郡棚倉村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、相楽郡椿井村・北河原村・神童寺村の区域に相楽郡高麗村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、相楽郡上狛村の区域に相楽郡上狛村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、相楽郡吐師村・相楽村の区域に相楽郡相楽村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、相楽郡木津町・木津村・梅谷村・市坂村・鹿背山村の区域に相楽郡木津村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、相楽郡里村・高田村・大野村・観音寺村・法花寺野村・北村・兎並村・美浪村・銭司村の区域に相楽郡加茂村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、相楽郡辻村・尻枝村・南下手村・北下手村・森村・高去村・勝風村・大畑村・岩船村・西小村・東小上村・東小下村・北大門村・南大門村の区域に相楽郡当尾村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、相楽郡例幣村・西村・河原村・岡崎村・井平尾村・奥畑村の区域に相楽郡瓶原村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1893年11月25日明治26年相楽郡木津村が町制を施行して相楽郡木津町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kyoto.jp
- 1926年7月1日大正15年相楽郡上狛村が町制を施行して相楽郡上狛町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1928年2月11日昭和3年相楽郡加茂村が町制を施行して相楽郡加茂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1951年4月1日昭和26年相楽郡木津町が相楽郡相楽村を編入した。種類:編入 出典:www.pref.kyoto.jp
- 1951年4月1日昭和26年相楽郡加茂町が相楽郡当尾村・瓶原村を編入した。種類:編入 出典:www.pref.kyoto.jp
- 1956年8月1日昭和31年相楽郡上狛町・高麗村・棚倉村が合併して相楽郡山城町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kyoto.jp
- 2007年3月12日平成19年相楽郡木津町・加茂町・山城町が合併して木津川市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kyoto.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.kizugawa.lg.jp/0000000606.html
- www.city.kizugawa.lg.jp/0000000624.html
- www.pref.kyoto.jp/kyotoyamashirokanko/history/city.html
- www.pref.kyoto.jp/gappei/kizu_kamo.html
- www.city.kizugawa.lg.jp/cmsfiles/contents/0000001/1564/20230809-131531.pdf
- www.pref.kyoto.jp/rekisaikan/documents/1_2_2m21-45.pdf
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%9B%B8%E6%A5%BD%E9%83%A1&action=raw
- www.pref.kyoto.jp/rekisaikan/documents/dayori148.pdf