今の金沢市
石川県のほぼ中央にある県庁所在地で、県内で最も人口が多い市です。江戸時代は加賀百万石の城下町として栄え、戦争で空襲を受けなかったため、ひがし茶屋街や長町の武家屋敷跡などの町並みが残っています。犀川と浅野川が流れる金沢平野に広がり、背後には白山の山麓が続きます。兼六園や金沢城跡があり、加賀友禅や金箔などの工芸と、菓子の文化が育まれてきました。
今の金沢市の区域の人口は、2020年の国勢調査で463,254人です。今の区域で数えた1980年の417,684人とくらべると10.9%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.0%です。
主な産業:加賀友禅や金箔などの伝統工芸と、商業・観光が盛んです。
特産品・名産
- 加賀友禅加賀藩の頃から続く染織工芸
- 金箔金沢の伝統工芸
- 加賀野菜源助だいこんなど地元の伝統野菜
見どころ・祭り
- 兼六園日本三名園のひとつ
- 金沢城跡石川門や三十間長屋が残る
- ひがし茶屋街歴史的な町並みが残る茶屋街
- 長町武家屋敷跡石畳の路地に武家屋敷跡が並ぶ
木梅金沢市の木
金沢市のなりたち
金沢市(かなざわし)は、石川県加賀地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、29の町村がありました。上金石町・野村・弓取村・潟津村・粟崎村・鞍月村・米丸村・富樫村・小坂村・崎浦村・三馬村・戸板村・大野町・大野村・二塚村・川北村・花園村・八田村・大場村・三谷村・安原村・湯涌谷村・犀川村・内川村・額村・押野村・浅川村・森本村・金沢市です。これらの町村が、13回の合併や編入を経て、今の金沢市になりました。
今の名前「金沢市」は、1920年にあった金沢市の名前を受け継いでいます。ほかの28の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は河北郡・石川郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、石川郡は2011年(平成23年)11月11日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧森本村の区域には森本駅(北陸本線)があります。
「金沢市」という名前
「金沢」という名前は、昔話にちなむとされます。むかし、山科の里に住む芋掘り藤五郎という人が、山芋を洗っていると砂金が出てきました。そこでこの沢を「金洗いの沢」と呼ぶようになったといいます。この沢は兼六園の金沢神社のとなりにあり、今は「金城霊澤」と呼ばれています。なお、市の中心部はもともと石浦村と呼ばれ、尾山御坊が置かれて栄えたことから「尾山」とも呼ばれました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日、市制の施行で金沢市が生まれました。全国で最初にできた市の一つで、加賀藩の城下町だった範囲が市になりました。同じ日、まわりの石川郡と河北郡には、海辺の上金石町・下金石町や多くの村ができました。下金石町は1898年に大野町、上金石町は1920年に金石町と名前を変えています。
金沢市はまわりの町村を編入して広がりました。1925年(大正14年)に野村と弓取村、1935年(昭和10年)に大野町・富樫村・潟津村・米丸村・鞍月村・粟崎村、1936年に崎浦村・三馬村・小坂村を編入しました。1943年には戸板村、続いて港町の金石町と大野村・二塚村が加わりました。
戦後は1949年に川北村を編入し、1954年(昭和29年)7月1日には安原村・額村・内川村・犀川村・湯涌谷村をまとめて編入して、市域は山あいへ大きく広がりました。1956年に押野村、1957年に浅川村を編入しています。北の森本村は1954年にまわりの4村と合併して森本町となり、1962年(昭和37年)6月1日に金沢市に編入されました。
年表
- 1889年4月1日明治22年市制の施行により、金沢区の区域から金沢市が発足した。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、石川郡に上金石町・下金石町と安原村・額村・押野村・三馬村・富樫村・野村・内川村・犀川村・湯涌谷村・崎浦村・米丸村・二塚村・大野村・戸板村・鞍月村・弓取村・潟津村・粟崎村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、河北郡に小金村・坂井村・中口村・金川村・大場村・八田村・川筋村・河崎村・木越村・花園村・田近村・崎田村・金浦村・湯ノ谷村・医王山村・直江谷村・小原谷村・薬師谷村・森本村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1898年5月12日明治31年石川郡下金石町が改称し、大野町となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1907年8月10日明治40年河北郡で町村の統合が行われ、小金村・坂井村・中口村・金川村が小坂村に、川筋村・河崎村・木越村が川北村に、花園村・田近村・崎田村が花園村に、金浦村・湯ノ谷村・医王山村が浅川村に、直江谷村・小原谷村・薬師谷村が三谷村になった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1920年6月1日大正9年石川郡上金石町が改称し、金石町となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1925年4月1日大正14年石川郡野村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1925年4月10日大正14年石川郡弓取村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1935年12月16日昭和10年石川郡の大野町・富樫村・潟津村・米丸村・鞍月村・粟崎村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1936年4月1日昭和11年石川郡の崎浦村・三馬村と河北郡小坂村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年10月1日昭和18年石川郡戸板村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年12月1日昭和18年石川郡の金石町・大野村・二塚村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1949年6月1日昭和24年河北郡川北村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年6月1日昭和29年河北郡の森本村・大場村・八田村・花園村・三谷村が合併し、森本町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年7月1日昭和29年石川郡の安原村・額村・内川村・犀川村・湯涌谷村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年1月1日昭和31年石川郡押野村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1957年4月5日昭和32年河北郡浅川村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1957年4月10日昭和32年金沢市のうち御経塚・野代などの区域が石川郡野々市町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1962年6月1日昭和37年河北郡森本町が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。