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野々市市ののいちし

1920年には4の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の野々市市になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の野々市市

石川県の中部、金沢平野の東部で手取川扇状地にあたる市です。北と東は金沢市、西と南は白山市に接し、石川県で唯一海に面していない市です。県内の市で面積が最も小さく、金沢市の衛星都市として発達しています。市内を犀川や木呂川などが流れます。市の花と木はともに椿です。大学が二つあり、若い世代が多い市です。富樫氏の館跡など古い史跡もあります。

今の野々市市の区域の人口は、2020年の国勢調査で57,238人です。今の区域で数えた1980年の31,817人とくらべると79.9%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は20.2%です。

57,238人人口(2020年)
+79.9%1980年からの増減
13.56km²面積(国土地理院)
4,221人/km²人口密度
20.2%65歳以上の割合
57,2381980199020052020
15歳未満 15.0%15〜64歳 64.8%65歳以上 20.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:金沢市のベッドタウンとして商業が盛んで、キウイフルーツやヤーコンもつくられます。

特産品・名産

  • キウイフルーツ市の特産品の一つ
  • ヤーコン市の特産品の一つ。焼酎にも使われる
  • 野々市椿まんじゅう市の花の椿にちなむ菓子

見どころ・祭り

  • 御経塚遺跡縄文時代の遺跡
  • 末松廃寺跡古代の寺の跡
  • 富樫館跡加賀の守護だった富樫氏の館の跡

木椿花椿野々市市の木・花

野々市市のなりたち

野々市市(ののいちし)は、石川県加賀地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。富奥村・押野村・郷村・野々市村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の野々市市になりました。

今の名前「野々市市」は、1920年にあった野々市村の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の野々市村が約3km²だったのに対し、今の野々市市は約14km²と、およそ5.0倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は石川郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、石川郡は2011年(平成23年)11月11日に廃止されました。

41920年の町村の数
2回合併・編入の回数
14km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「野々市市」という名前

古い記録では、1312年と1354年の白山本宮の記録に「野市」という名前が出てきます。1369年の記録には「野々市」の名前が見え、1486年には聖護院道興がここを通り「のの市人」と歌に詠みました。野々市は北国往還と白山へ向かう道が交わる所にある市場の集落で、守護の富樫氏の館が置かれた土地として知られました。「市」は、この市場にちなむと考えられます。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行で、石川郡に野々市村・押野村・郷村・富奥村が生まれました。野々市村は1924年(大正13年)7月1日に町制を施行し、野々市町となりました。

昭和の大合併では、1955年(昭和30年)4月1日に野々市町と富奥村が合併し、新しい野々市町が発足しました。1956年9月には郷村が分割され、その大部分が野々市町に編入されています。一方、押野村は1956年1月に金沢市に編入されましたが、翌1957年4月、住民投票の結果をうけて御経塚・野代などの区域が金沢市から野々市町に移りました。

2011年(平成23年)11月11日、野々市町が市制を施行し、野々市市が生まれました。これにより石川郡はなくなりました。市内には金沢工業大学と石川県立大学の二つの大学があり、若い世代が多いまちです。鎌倉・室町時代に加賀の守護だった富樫氏の館跡や、縄文時代の御経塚遺跡も残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、石川郡に野々市村・押野村・郷村・富奥村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1924年7月1日大正13年石川郡野々市村が町制を施行し、野々市町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1955年4月1日昭和30年石川郡の野々市町・富奥村が合併し、新たに野々市町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1956年1月1日昭和31年石川郡押野村が金沢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1956年9月30日昭和31年石川郡郷村が分割され、堀内・田尻・蓮花寺などの区域が野々市町に、専福寺・横江などの区域が松任町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  6. 1957年4月10日昭和32年金沢市のうち御経塚・野代と押野・押越の一部(旧押野村の区域)が野々市町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 2011年11月11日平成23年石川郡野々市町が市制を施行し、野々市市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

野々市村→野々市町→野々市市1889〜今
郷村1889〜1956
押野村1889〜1956
富奥村1889〜1955

参考にした資料