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加賀市かがし

1920年には23の町村だった区域が、11回の合併・編入を経て、今の加賀市になりました。

23町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の加賀市

石川県の南西部、旧加賀国にあたる市で、福井県と接します。市役所のある大聖寺地区は江戸時代の城下町でした。山代温泉、山中温泉、片山津温泉などの温泉地があり、加賀温泉郷として知られます。日本海に面した海岸や、柴山潟、大聖寺川が流れる平野、山あいの渓谷まで、変化に富んだ地形です。機械製造業も発達しています。

今の加賀市の区域の人口は、2020年の国勢調査で63,220人です。今の区域で数えた1980年の77,335人とくらべると18.3%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.0%です。

63,220人人口(2020年)
−18.3%1980年からの増減
305.87km²面積(国土地理院)
207人/km²人口密度
36.0%65歳以上の割合
80,8771980199020052020
15歳未満 10.7%15〜64歳 53.3%65歳以上 36.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:機械製造業が発達し、温泉を生かした観光業も盛んです。

特産品・名産

  • 九谷焼山中温泉九谷町に古九谷の窯跡がある焼き物

見どころ・祭り

  • 山中温泉大聖寺川の渓谷沿いの温泉地
  • 山代温泉古総湯のある温泉地
  • 片山津温泉柴山潟のほとりの温泉地
  • 加賀橋立北前船の船主の町並みが残る地区
  • 加賀市鴨池観察館片野鴨池に来る鳥を観察できる施設

木スギ花ハナショウブ鳥カモ加賀市の木・花・鳥

加賀市のなりたち

加賀市(かがし)は、石川県加賀地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、23の町村がありました。黒崎村・福田村・庄村・塩津村・作見村・瀬越村・篠原村・分校村・勅使村・東谷口村・河南村・東谷奥村・西谷村・月津村・橋立村・動橋村・南郷村・大聖寺町・山代町・塩屋村・三木村・三谷村・山中町です。これらの町村が、11回の合併や編入を経て、今の加賀市になりました。

今の名前「加賀市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの23の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の西谷村が約84km²だったのに対し、今の加賀市は約307km²と、およそ3.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は江沼郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、江沼郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧作見村の区域には作見駅(北陸本線)があります。旧動橋村の区域には動橋駅(北陸本線)があります。旧大聖寺町の区域には大聖寺駅(ハピラインふくい線)があります。

231920年の町村の数
11回合併・編入の回数
306km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「加賀市」という名前

市の名前は、昔の国の名前「加賀」からとられました。加賀国は823年に越前国から分かれて置かれた国で、今の加賀市のあたりは、その南西の江沼郡にあたります。1958年(昭和33年)に江沼郡の5町4村が合併して市になったとき、この古い国の名前を市の名前にしました。「加賀」という言葉の語源については、はっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行で、江沼郡に大聖寺町と20あまりの村が生まれました。大聖寺は江戸時代、大聖寺藩の城下町でした。温泉地の山中村と山代村は、1913年(大正2年)に町になりました。

昭和に入ると合併が進みます。1930年に橋立村と黒崎村が合併し、1935年に福田村が大聖寺町に、1942年に庄村が山代町に編入されました。同じ1942年には塩津村と作見村が合併して片山津町が生まれました。戦後は動橋村が1947年、橋立村が1952年に町になっています。

昭和の大合併では、1954年に瀬越村が大聖寺町に、篠原村が片山津町に編入され、動橋町は分校村と合併しました。1955年には山代町が勅使村・東谷口村と、山中町が河南村・西谷村・東谷奥村と合併しています。

1958年(昭和33年)1月1日、大聖寺町・山代町・片山津町・動橋町・橋立町・三谷村・三木村・塩屋村・南郷村が合併し、加賀市が発足しました。2005年(平成17年)10月1日には加賀市と山中町が合併し、新しい加賀市が発足して、江沼郡はなくなりました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、江沼郡に大聖寺町と山中村・山代村・三木村・瀬越村・福田村・三谷村・南郷村・河南村・西谷村・東谷奥村・東谷口村・勅使村・庄村・作見村・黒崎村・橋立村・塩津村・篠原村・動橋村・分校村・塩屋村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1913年2月13日大正2年江沼郡山中村が町制を施行し、山中町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1913年3月10日大正2年江沼郡山代村が町制を施行し、山代町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1930年1月1日昭和5年江沼郡の橋立村・黒崎村が合併し、新たに橋立村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1935年6月15日昭和10年江沼郡福田村が大聖寺町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  6. 1942年5月1日昭和17年江沼郡庄村が山代町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1942年11月3日昭和17年江沼郡の塩津村・作見村が合併し、片山津町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1947年11月3日昭和22年江沼郡動橋村が町制を施行し、動橋町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  9. 1952年6月10日昭和27年江沼郡橋立村が町制を施行し、橋立町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  10. 1954年3月10日昭和29年江沼郡瀬越村が大聖寺町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  11. 1954年3月31日昭和29年江沼郡篠原村が片山津町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  12. 1954年11月3日昭和29年江沼郡の動橋町・分校村が合併し、新たに動橋町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  13. 1955年1月20日昭和30年江沼郡の山代町・勅使村・東谷口村が合併し、新たに山代町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  14. 1955年4月1日昭和30年江沼郡の山中町・河南村・西谷村・東谷奥村が合併し、新たに山中町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  15. 1955年4月1日昭和30年江沼郡月津村が分割され、柴山が片山津町に、残りが小松市に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  16. 1958年1月1日昭和33年江沼郡の大聖寺町・山代町・片山津町・動橋町・橋立町・三谷村・三木村・塩屋村・南郷村が合併し、加賀市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  17. 1960年7月1日昭和35年山中町の一部(河南町・荒木町・別所町)が加賀市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  18. 2005年10月1日平成17年加賀市と江沼郡山中町が合併し、新たに加賀市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

加賀市1958〜今
山中町1913〜2005
河南村1889〜1955
東谷奥村1889〜1955
西谷村1889〜1955
橋立村→橋立町1889〜1958
黒崎村1889〜1930
動橋村→動橋町1889〜1958同じ名前の駅:動橋駅
分校村1889〜1954
南郷村1889〜1958
大聖寺町1889〜1958同じ名前の駅:大聖寺駅
瀬越村1889〜1954
福田村1889〜1935
山代町1913〜1958
勅使村1889〜1955
東谷口村1889〜1955
庄村1889〜1942
塩屋村1889〜1958
三木村1891〜1958
三谷村1889〜1958
片山津町1942〜1958
月津村1889〜1955
篠原村1889〜1954
塩津村1889〜1942
作見村1889〜1942同じ名前の駅:作見駅

参考にした資料