茨城県 › 筑西市

筑西市ちくせいし

1920年には20の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の筑西市になりました。

20町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の筑西市

茨城県西部に位置し、鬼怒川と小貝川が南北に流れる市です。地形はおおむね平坦で田園が広がり、北部には丘陵地があります。下館・関城・明野・協和の四地域から成り、下館駅では水戸線・常総線・真岡線が結ばれます。梨の産地としても知られ、市の花は春の梨の花と秋のコスモスが選ばれています。市の木はサクラ、鳥はツバメです。

今の筑西市の区域の人口は、2020年の国勢調査で100,753人です。今の区域で数えた1980年の110,846人とくらべると9.1%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.1%です。

100,753人人口(2020年)
−9.1%1980年からの増減
205.8km²面積(概算)
490人/km²人口密度
32.1%65歳以上の割合
118,0781980199020052020
15歳未満 11.1%15〜64歳 56.9%65歳以上 32.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米や梨、こだますいかなどの農業が盛んで、鉄道の交わる商業地もあります。

特産品・名産

  • 梨肥沃な田園地帯で栽培される
  • こだますいか小ぶりの実が特色の地域の果物
  • 下館ラーメン下館で親しまれるご当地ラーメン

見どころ・祭り

  • 板谷波山記念館陶芸家の生家と作品を紹介する
  • 母子島遊水地水面に映る筑波山を楽しめる
  • 道の駅グランテラス筑西地域の食や農産物に出会う交流施設

木サクラ花梨の花・コスモス鳥ツバメ筑西市の木・花・鳥

筑西市のなりたち

筑西市(ちくせいし)は、茨城県県西地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、20の町村がありました。伊讃村・大村・竹島村・養蚕村・中村・河間村・五所村・嘉田生崎村・大田村・長讃村・村田村・鳥羽村・上野村・小栗村・新治村・古里村・関本町・黒子村・河内村・下館町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の筑西市になりました。

今の名前「筑西市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの20の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の伊讃村が約18km²だったのに対し、今の筑西市は約206km²と、およそ11.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は真壁郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、真壁郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧新治村の区域には新治駅(水戸線)があります。旧下館町の区域には下館駅(水戸線)があります。

201920年の町村の数
7回合併・編入の回数
206km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「筑西市」という名前

筑西市という名前は、2005年に下館市・関城町・明野町・協和町が合併した際に採用されました。合併に向けて、新市の名称が募集されました。市名は、四市町の名前とは別に新しく選ばれました。「筑西」という名称の詳しい選定理由ははっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、真壁郡には下館町や関本町、多くの村が発足しました。現在の下館・関城・明野・協和の地域は、初めから一つの町だったのではなく、これらの町村が昭和にまとまったものです。

下館町は1951年4月1日に伊讃村と新設合併しました。1954年2月1日に竹島村・養蚕村、3月15日に中村・河間村・五所村・嘉田生崎村・大田村を編入し、同日に下館市となりました。

明野地区では1954年1月1日、大村が大村村へ改称したうえで町制を施行し、大村町となりました。11月2日には長讃村が分かれ、猫島・宮後・宮山・押尾・上西郷谷が大村町へ、残部が真壁町へ入りました。翌3日、大村町・上野村・鳥羽村・村田村が明野町をつくりました。

小栗村・新治村・古里村は1954年12月1日に協和村となり、1964年12月1日に町制を施行しました。関本町・河内村・黒子村は1956年8月1日に関城町となりました。2005年3月28日、下館市・関城町・明野町・協和町が新設合併し、筑西市が発足しました。昭和にまとまった四つの自治体が、平成に一市をつくった流れです。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年真壁郡に下館町・伊讃村・竹島村・養蚕村・中村・河間村・五所村・嘉田生崎村・大田村・大村・上野村・鳥羽村・村田村・長讃村・小栗村・新治村・古里村・関本町・河内村・黒子村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1951年4月1日昭和26年下館町・伊讃村が合併し、新しい下館町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  3. 1954年1月1日昭和29年大村が大村村に改称した。種類:改称 出典:www.pref.ibaraki.jp
  4. 1954年1月1日昭和29年大村村が町制を施行し、大村町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  5. 1954年2月1日昭和29年竹島村・養蚕村が下館町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  6. 1954年3月15日昭和29年五所村・中村・河間村・大田村・嘉田生崎村が下館町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  7. 1954年3月15日昭和29年下館町が市制を施行し、下館市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  8. 1954年11月2日昭和29年長讃村の一部(猫島・宮後・宮山・押尾・上西郷谷)が大村町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  9. 1954年11月2日昭和29年長讃村の猫島・宮後・宮山・押尾・上西郷谷が大村町に、残る区域が真壁町に分割編入された。種類:分割 出典:www.pref.ibaraki.jp
  10. 1954年11月3日昭和29年大村町・上野村・鳥羽村・村田村が合併し、明野町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  11. 1954年12月1日昭和29年小栗村・新治村・古里村が合併し、協和村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  12. 1956年8月1日昭和31年関本町・河内村・黒子村が合併し、関城町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  13. 1964年12月1日昭和39年協和村が町制を施行し、協和町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  14. 2005年3月28日平成17年下館市・関城町・明野町・協和町が合併し、筑西市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

筑西市2005〜今
下館町→下館市1889〜2005同じ名前の駅:下館駅
中村1889〜1954
河間村1889〜1954
五所村1889〜1954
嘉田生崎村1889〜1954
大田村1889〜1954
竹島村1889〜1954
養蚕村1889〜1954
伊讃村1889〜1951
明野町1954〜2005
村田村1889〜1954
鳥羽村1889〜1954
上野村1889〜1954
長讃村1889〜1954
大村1889〜1954
協和村→協和町1954〜2005
小栗村1889〜1954
新治村1889〜1954同じ名前の駅:新治駅
古里村1889〜1954
関城町1956〜2005
関本町1889〜1956
黒子村1889〜1956
河内村1889〜1956

参考にした資料