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桜川市さくらがわし

1920年には10の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の桜川市になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の桜川市

茨城県中西部に位置し、高峯や富谷山、雨引山・加波山から筑波山へ連なる山々に囲まれています。平野の中央を桜川が南下し、岩瀬・大和・真壁の三地域を結びます。みかげ石を利用した石材業と、肥沃な土地で営まれる農業が地域の産業です。山桜の名所が点在し、真壁には歴史的な町並みが残ります。市の木はサクラ、花はヤマユリ、鳥はウグイスです。

今の桜川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で39,122人です。今の区域で数えた1980年の51,171人とくらべると23.5%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.4%です。

39,122人人口(2020年)
−23.5%1980年からの増減
180.6km²面積(概算)
217人/km²人口密度
34.4%65歳以上の割合
51,9721980199020052020
15歳未満 10.2%15〜64歳 55.3%65歳以上 34.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:みかげ石の石材業と農業が根付き、歴史ある町並みや山の観光が盛んです。

特産品・名産

  • 真壁石地元の石材業を支えるみかげ石
  • 酒寄みかん筑波山麓で栽培されるみかん
  • こだますいか地域で栽培される小ぶりのすいか

見どころ・祭り

  • 真壁の町並み歴史的な建物が残る町並み
  • 雨引観音山中にある歴史深い寺
  • 高峯の山桜春に山を彩る桜の景観

木サクラ花ヤマユリ鳥ウグイス桜川市の木・花・鳥

桜川市のなりたち

桜川市(さくらがわし)は、茨城県県西地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。大国村・雨引村・長讃村・谷貝村・樺穂村・紫尾村・北那珂村・東那珂村・西那珂村・真壁町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の桜川市になりました。

今の名前「桜川市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの10の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の西那珂村が約37km²だったのに対し、今の桜川市は約181km²と、およそ4.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は真壁郡・西茨城郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、真壁郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました、西茨城郡は2006年(平成18年)3月19日に廃止されました。

101920年の町村の数
4回合併・編入の回数
181km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「桜川市」という名前

桜川市の名前は、合併する三町村を流れる桜川にちなみ、公募で選ばれました。川は旧岩瀬町を源流として、旧大和村から旧真壁町へ南下し、三町村に共通する存在でした。桜の名所としての歴史も新市の名前に重なっています。市は地域の融和を考えた命名と説明しています。真壁地区では、合併後も「桜川市真壁町」という住所に旧町名が残りました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、西茨城郡に西那珂村・北那珂村・東那珂村が発足しました。真壁郡には真壁町・谷貝村・樺穂村・紫尾村・長讃村・大国村・雨引村が置かれ、現在の市につながる地域は二つの郡に分かれていました。

西那珂村は1925年1月1日に岩瀬へ改称して町制を施行しました。1955年3月31日には岩瀬町・北那珂村・東那珂村が新設合併し、新しい岩瀬町となっています。

真壁郡では1954年1月22日、大国村と雨引村が合併し、大和村が生まれました。11月2日には長讃村が分かれ、源法寺が真壁町へ、残る区域が大村町へ移りました。12月1日、旧真壁町・谷貝村・樺穂村・紫尾村が合併し、新しい真壁町となりました。

2005年10月1日、岩瀬町・真壁町・大和村が新設合併し、桜川市が発足しました。旧真壁郡の自治体はこの合併で市となり、郡もなくなりました。山々に囲まれた平野を桜川が南へ流れる地域に、昭和にまとまった三自治体の歴史がつながっています。真壁には江戸時代の町割りが残り、桜の名所とともに地域の特色になっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年西茨城郡に西那珂村・北那珂村・東那珂村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年真壁郡に真壁町・谷貝村・樺穂村・紫尾村・長讃村・大国村・雨引村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1925年1月1日大正14年西那珂村が岩瀬に改称して町制を施行し、岩瀬町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  4. 1954年1月22日昭和29年雨引村・大国村が合併し、大和村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  5. 1954年11月2日昭和29年長讃村の一部(大村町に編入した区域以外の区域)が真壁町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  6. 1954年11月2日昭和29年長讃村の源法寺が真壁町に、猫島・宮後・宮山・押尾・上西郷谷が大村町に分割編入された。種類:分割 出典:www.pref.ibaraki.jp
  7. 1954年12月1日昭和29年真壁町・紫尾村・谷貝村・樺穂村が合併し、新しい真壁町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  8. 1955年3月31日昭和30年岩瀬町・北那珂村・東那珂村が合併し、新しい岩瀬町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  9. 2005年10月1日平成17年岩瀬町・真壁町・大和村が合併し、桜川市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

桜川市2005〜今
西那珂村→岩瀬町1889〜2005
北那珂村1889〜1955
東那珂村1889〜1955
真壁町1889〜2005
谷貝村1889〜1954
樺穂村1889〜1954
紫尾村1889〜1954
長讃村1889〜1954
大和村1954〜2005同じ名前の駅:大和駅
大国村1889〜1954
雨引村1889〜1954

参考にした資料