今の共和町
後志地方の西部、岩内郡にある町です。北は積丹半島の南部、南はニセコ連峰に接します。西部は岩内町と隣り合い、住宅地や国道276号沿いの商業地からなる市街地があります。主な産業は農業で、古くからの稲作地帯です。近年はスイカやメロンの生産が広がり、「らいでん」のブランドで出荷されています。神仙沼などの自然があります。
今の共和町の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,772人です。今の区域で数えた1980年の7,931人とくらべると27.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は31.8%です。
主な産業:農業が主な産業で、稲作のほか、スイカ・メロンなどを生産しています。
特産品・名産
- らいでんスイカ1963年に生産が始まった
- メロン近年生産が広がっている
- 米古くからの稲作地帯
見どころ・祭り
- 神仙沼ニセコ連峰の湖沼
- 西村計雄記念美術館南幌似にある美術館
- かかし古里館南幌似にある施設
- 幌似鉄道記念公園旧幌似駅跡の公園
木イチイ花ミツガシワ共和町の木・花
共和町のなりたち
共和町(きょうわちょう)は、北海道後志地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。発足村・小沢村・前田村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の共和町になりました。
今の名前「共和町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の小沢村が約151km²だったのに対し、今の共和町は約336km²と、およそ2.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は岩内郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧小沢村の区域には小沢駅(函館本線)があります。旧前田村の区域には前田駅(岩内線)があります。
「共和町」という名前
「共和」は、1955年(昭和30年)に前田村・小沢村・発足村が合わさって共和村が置かれたときに付けられた名です。名の由来ははっきりしていません。町章は、村名の頭文字の「共」を上に置き、「和」を円で表したものです。1971年(昭和46年)4月1日に町制を施行して共和町になりました。
まちの成り立ち
共和町の区域では、旧発足村は明治の初めごろから岩手県の人が来住して開拓され、旧前田村は安政年間のころから人が移り住み、1882年(明治15年)に幌似・老古美・梨野舞納の3村が置かれ、1897年(明治30年)7月15日に前田村戸長役場が設けられた地域です。旧小沢村は明治2年ごろに開かれ、前田村戸長役場の管轄に属しました。1906年(明治39年)4月に、発足村と前田村が二級町村制を施行しました。小沢村は1909年(明治42年)4月に二級町村制を施行しています。発足村と前田村は1923年(大正12年)4月1日に一級町村制となり、同年9月1日には小沢村が泊村との境界を変えています。1955年(昭和30年)4月1日、前田村・小沢村・発足村が合わさって共和村が置かれました。1971年(昭和46年)4月1日に町制を施行し、共和町になりました。1990年(平成2年)12月1日には岩内町との境界が変わっています。
年表
- 1906年4月明治39年岩内郡で北海道二級町村制が施行され、前田・幌似・老古美・梨野舞納の4村が一つになって前田村が、また発足村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1909年4月明治42年岩内郡の小沢村が北海道二級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年4月1日大正12年発足村と前田村が北海道一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年9月1日大正12年泊村との境界変更で、大字堀株村の一部が小沢村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年前田村・小沢村・発足村が合併し、共和村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1971年4月1日昭和46年共和村が町制を施行し、共和町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1990年12月1日平成2年岩内町との境界が変更された。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。